第41話 咲き乱れる花嵐(1)
「なんでこう……間が悪いかなぁ」
「天気予報って、当てになんないよね、本当。前もこうだったよ」
ファミリーレストランの屋根の下、私は朝倉さんと軽食を食べて時間を潰していた。この日はつくづく不幸な日だった。なぜこんなことになったかを話すならば、少々遡らなければならない。
学校、つまり終業式は昨日で終え、その日の朝、私は朝倉さんを待っていた。いつものように駅の時計塔の下、朝の霜が溶けきらない時間から。暑さと寒さが交互に来るような季節だったが、その日は珍しくいかにも春らしい気候で、風も凪いでいた。
「ぬぅ……今日も矢田くんの方が先か」
「だから気にしなくていいって。……っていうかそんなに気にしてないでしょ」
「あ、バレた?」
いつものごとく、約束の時間より2分ほど早く、けれど私よりは数分遅く彼女はやって来た。口ではいつも、私を待たせてしまっていることに不満を感じているようだが、結局、やって来る早さはいつも変わらない。本当に私よりも早く到着していたいと思うならばもっと早く来るだろう。
「私はね、待ち合わせ場所に早く来てくれる君に駆け寄るのが好きなんだよ」
「……嬉しい……のかな? それが良いのか悪いのかは分からないけど」
「約束の時間は守ってるんだから良いんだよ」
それもそうか、と、短く息を漏らす。典型的な春の気候、いつからか吐息は白くない。
「で、電車で一駅だっけ?」
「そう。それでちょっと歩いて、新山公園ってところ。大きい広場があってね、そこの桜がめっちゃ綺麗なんだよ!」
「そっか、楽しみだなぁ。じゃ早く行こうよ!」
そんなことを言いながら、頭の中では別のことも考える。「ちょっと歩いて」というのがどれくらいなのか、それが少々の不安要素だった。正月からのこの2ヶ月ほど、彼女は確かに元気ではあるものの、やはり少しずつ、不安定さは増している。いざというときは、私が支えなければならない。
「それでね、まぁその景色が良いわけだよ。満開のときなんかは桜のカーペットが空一面にあるみたいでさ」
しかし、顔を輝かせながら語る彼女を見れば、私のそんな悩みも吹き飛んだしまうというものだ。電車に揺られながら、彼女の声と流れる景色を同時に認識する。
「だからさ、楽しみなんだよ。お花見自体もそうだけど、矢田くんと見れるってことがさ」
「……ありがとう。そこに僕が選ばれてるっていうのが嬉しいよ」
鼻の頭を掻きながら、視線をそれとなく逸らす。正面からそう言われると、流石に気恥ずかしいというか。しばらくしてから電車を降り、それから20分ほど歩いた。彼女はほんのわずかに呼吸が浅くなりながらも、それでもなお楽しそうに脚を動かす。やって来た新山公園の広場、そこは確かに美しいと、心の底からそう思った。
「ねっ、良いところでしょ?」
「……うん、とっても」
まばらに雲が広がった白と青の空。けれど見上げれば、桃色の塵のようなものが、ヒラヒラと舞い落ちる。美しい舞踊のようで、あるいは輝く太陽そのもののようにも見えた。
「ね、早いけどさ、食べちゃおうよ。お腹空いちゃった」
「……いいけど、後でお腹空いたって言わないでよ」
「言わないよ、大丈夫」
まだ11時前ではあるのだが。そんな言葉に、頬を緩ませながらレジャーシート手際よく広げる。桜の下、騒がしいような空気だが、それも気にするほど手持ち無沙汰ではない。
大きな荷物……とは言っても大したものは入っていないのだが、その中から弁当箱を取り出した。整列された、肉や卵、野菜、果物、色んな具材のサンドイッチが姿を現す。
「わぁっ、めっちゃ綺麗じゃん!」
「朝倉さんは? 作ってきたんでしょ?」
「一応ね。でも私は丸めただけだから……」
遠慮がちに、彼女は彼女の持ってきた弁当の蓋を外して見せた。綺麗な丸……とはいかなかったようだが、頑張って作ったであろうおにぎり。以前はあまりに料理が下手だと言うのだから恐怖する準備も多少はしていなかったのだが、その準備は無駄だったようだ。
「あ、でもね! お米は私が炊いたんだよ! ウチ土鍋だからさ、たぶん美味しいんじゃないかな?」
「へぇ、それは楽しみだな。一個貰っていい?」
「うん、一個と言わずに貰って! 私もサンドイッチ貰うね」
大きさにバラつきがあるが、どれを取ったらいいだろうか。少しだけ彷徨いながら、小さくも大きくもない、中間サイズのものを取った。一口、頭を齧ると、丸くモチモチとした食感に、さりげない甘い香りが鼻を抜けた。
「うん、美味しいよ。具はまだ食べられてないけど、お米がちゃんと美味しい」
「そう!? 良かった!」
そう言いながら、彼女はもぐもぐとサンドイッチを食べていた。よほど美味しいのか、一生懸命に。その様を見るだけで、私としては胸が締められる気分になる。
「ね、楽しいね、お花見ってさ!」
「うん、楽しいよ。まだ始まったばかりだけど」
それだけ伝えて、負けじと私もおにぎりを食べる。口の中はほんのり甘く、空気はそれよりも甘い香りを漂わせていた。無い天井を覆う花びらの向こうは、雲が少し、早く流れている。




