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第40話 花散り踊る終の前日

「矢田ー、成績どうだったー?」


「言わないよ。別に、普通」


 あっという間につきひは流れ、今年度は終わりに向かっていた。よく一月は行く、二月は逃げる、三月は去るなんて言うけれど、まさにその通りで。それどころか、年々流れる時間が早くなっているようにも思う。


「連れないこと言うなよー。通知表なんて見せあってなんぼだろ」


「どこの常識だよ。見せないって、なんか恥ずかしいし」


 学期末の成績発表、やかましくも私に粘着しているのは、言わずもがな、古澤だ。今年は距離が縮まったこともあり、ついには私の成績まで覗こうとしてきた。


「な、見せて? 俺のも見せるから」


「上目遣いも可愛くないから、やめな」


「んだよっ、もう」


 あーあ、と、飽きたように彼は視線を逸らした。私の通知表には、4の数字が行列を作り、ときどき5が混ざっている程度。普通、と言うと怒られるかもしれないが、私にとっては至って普通。そして、恐らく古澤よりは良い成績だろう。尚更、見せる気にはならない。


「ま、別にそんなのいいけどさ。春休みも一回くらい、4人で集まろうな」


「うん、花井さんとかの予定が合うなら……せっかくだし2回でも3回でも」


「おう、まぁ良い機会があったら連絡するよ」


 来年は高校3年生、いよいよ自由な時間は無くなっていく。もっとも、私の場合は大学もそれなりの目星はついており、大して時間を削る必要もないのだが。古澤や花井さんに至ってはそうもいかないだろう。特に花井さんは、部活のこともあるだろうし。ならばこの春休みが、私達にとっては最後のものになるかもしれない……その可能性もあるだろう。


「矢田くーん。帰るよー」


「あ、うん。ちょっと待ってて、荷物が多いんだ」


 朝倉さんの声に、私は手の動きを早めた。私はそれなりに計画的な方だと自負しているものの、最終日の持ち物はそれなりに多くなる。どうして朝倉さんの荷物が、片手で軽々持ち上げられる程度なのか、そちらの方が不思議で仕方ない。


 春の陽光はと言えば、ジリジリと肌の奥を刺すような熱と、どうじに肌の表面を撫でる冷たさが同居していた。日によっては夏を感じるし、日によっては冬を感じる。柔らかな風だけは、これが春だと告げている。


「私の成績、見る?」


「オール5なんでしょ」


「えっ、なんで知ってるの?」


「だって大声で自慢してたじゃない」


 流石と言うべきか、やはり朝倉さんは優等生だった。後期からは勉強することも減っていたのに、それでもその成績を維持できるほどに。もっとも、クラスの大半は、そもそも彼女が勉学に励まなくなったことさえ気づかなかったろうが。


 と、彼女が頬を膨らませているのに気づいた。自慢していたのは事実、だから成績を知ってること自体に文句は言えない。それでも少し、少しくらいはこの話題で話したい。そんな顔だ。


「でも凄いね。家でもほとんど勉強はしてないんでしょ?」


「そうなの。まぁテスト前には多少はやってるけどさ、やっぱり私、天才なのかも」


 ふんと鼻を鳴らし、そんなことを言う。ポジティブだな、とも思ったが、確かにきちんと勉強している私よりも成績がいいのだから何とも言えない。


「……思ってみれば今更だけどさ。朝倉さんってなんで白端高校に来たの? そりゃどの学校にも一番はできるけどさ、それくらい勉強できるならもっと良いところも行けたでしょ」


「……。えっと……近いから、かな?」


「そんな理由?」


「そんな理由だよ」


 何かを隠しているようにも、そうでないようにも思えた。含みがあるようなないような。分からないが、私は知らない何かがありそうな……ただの勘でしかないのだが。


「まぁ言っちゃえばほら、近いとやっぱり、中学同じ人と被りやすいじゃん?」


「寂しがりなんだね」


「実はウサギなんだよ。あ、あとは矢田くんと同じ高校に行きたかったとか、あるかもよ」


「話すようになったの今年からでしょ」


 一応、彼女とは同じ中学だったが、クラスが同じになることもなければ、話すこともなかった。私の方はもちろん、学校のちょっとした有名人だった彼女のことは認知していたが、目立たず騒がずの私のことなど、彼女はそもそも顔もよく知らなかっただろう。


「何はともあれ、私はそんな大層な人間じゃないってわけ」


「……でも成績は?」


「めっちゃ凄いよ」


 相変わらずに、その点においては胸を張っている。謙虚なのか自信家なのか。その両方ではあるだろうが、こうも清々しいと頬も緩む。次第に少しずつ、日が染まっていたのに気づいた。


「おっと、もうお別れだね。明日だよ、明日! 忘れないでね!」


「……うん、楽しみにしてるから。僕もちゃんと、お弁当持っていくから、楽しみにしててね」


「うん、分かった!」


 明日、前々から約束していた花見の日だ。天気予報は良さそうだが、前のようなことがあるかもしれない。折り畳み傘は荷物に忍ばせておくつもりだが、使う必要がなければ、それが一番良いかな。潮の流れる香りは強く、暖かな気候は少し、明日に向けて涼しくなっていた。

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