第39話 我が衣手に雪は降りつつ
言ってしまえばそれは、ただの雪景色。ただ寒く、ただ冷たい。お天道様も覗かないが、明るい色が一面を覆っている。
「寒いし帰ろう。体に障るよ」
「公園行こっ! そしたら帰るから!」
「あっ、ちょ……」
私の静止を聞くこともなく、彼女は流れるように歩き出した。念のため、私はスマートフォンを開き、天気予報を確認する。雪はまだ降りそうだが、これ以上悪化することもなさそうだ。もっとも、そもそも朝までは雪が降る予報ですらなかったのだが……とりあえず、傘でも買えば問題はないか。
「公園寄るのはいいけど、コンビニかスーパー先に行こう。傘が無いと濡れるよ」
「相合傘でもするかい?」
「濡れるでしょ。……いや、2本買うのも勿体無いけど……」
とはいえやはり、相合傘なんてやっていたら一人は濡れてしまうだろう。こんなことに悩むなら本当に……折り畳み傘を持ってくるんだった。
「じゃあアレだ。大きいサイズのビニール傘を一本買おう」
「じゃあ割り勘ね。傘で割り勘っていうのも変だけど」
少し歩いた先の広い公園、その近くのコンビニで傘を買った。肩が触れ合わないように気をつけつつ、確かな足取りで並んで歩く。
「おぉー……真っ白だな」
到着した公園は、遊具こそ少ないが、広場は見渡せるほどに広かった。私もたまに、とくに小さな頃は来た覚えもあるが、記憶には緑の生い茂る広場があるだけだが。ただ今も、真っ白とは言いつつも、全てが白に染まっているわけではなかった。
「雪景色だ!」
隙間からは緑が見えているが、もう一時間もしたらほとんどが雪に覆われるだろう。シャリシャリと鳴る音が心地良い。まだ柔らかく、汚れもない。まだ浅いからこそ、地面の感触も残っている。
「あぁ、寒い寒い。歳を取ると冬はツラいな」
「ジジイみたい」
若いつもりだよ、とは言ってみるが、若いながらにも歳は取っていくんだ。小学生の頃ならば、こんな寒さもへっちゃらで……へっちゃらではなくとも、ただ興奮だけで乗り越えられていたはず。朝倉さんの目を見ると寒さも和らぐ気がするが、そう簡単にも割り切れないのも事実。
「よっ、これを……」
「うわっ、度胸あるなぁ」
そんな私をよそに、彼女はしゃがんで足元の雪をかき集めた。素手でその雪を押し固め、綺麗な丸を作っていく。そしてもう一つ、一回り小さな雪玉を、それに乗せた。
「じゃーん! 雪だるま!」
「可愛いけど……寒くないの?」
「そんなテンションだと私冷めちゃうよ」
「ごめんて」
なんて褒めるのが正解なのだろう。よくできたね、か? いや、子供じゃないんだ。そんな褒め方ではむしろ馬鹿にしているようになる。もはやこの問題に答えなんてないんじゃないか。
「……可愛いね」
「変わっとらんね」
繰り返した私の言葉に、彼女は声高らかに笑った。結局、彼女の求める褒め方は分からなかったが、雪だるまを作っただけで褒めてもらいたいとは思っていなかったのだろう。そもそも彼女は、雪を楽しんでいるだけなわけで……。
「雪だるまとか、思えば作ったことないなぁ。昔は走り回っていたけど、雪遊びってそんな……」
「じゃあちょっと大きい玉を作ってよ?」
「え、寒いから嫌」
「いいからいいから、作りなさい」
仕方なく、言われるままに雪を捏ねた。まだ積もっている量は少ないからかき集めなければならないが。草や土が混ざらないように、表面の雪を選んで固める。大きさとしては、彼女の作った雪だるまの……下半身と言うのか。下の玉より一回り大きく。
「よし、じゃあ……ほら!」
「わっ……とと、バランスが」
「お、これで大丈夫」
雪だるまを押し付けるように、私の作った雪玉の上に乗せた。出来上がったのは、小さな3段の雪だるま。
「ふふ、これで矢田くん初めての雪だるまの完成だね! 私との共同作業だ」
「おぉ……ありがとう?」
玉は綺麗な球体ではあるが、大きさのせいか、バランスか、やや歪な雪だるまだった。それでもどこか愛らしく、愛着が湧いてしまう。確かに雪だるまを作るのは初めてだが……これ自体に大した感動はないな。どちらかと言えば、彼女と2人で一つの雪だるまを作れたことの方が……。
「良いなぁ、雪って」
「ね! 毎年降ってくれれば盛り上がるのになぁ」
ふっと、吐いた息は雪に溶けた。相変わらず、結晶の形はよく分からない。それっぽくも見えるが、やはり綺麗な形は難しいのだろう。何はともあれ、冷たい空気が次第に痛くなってきたのは確かだ。
「さぁ、そろそろ帰ろう。もうほんと、寒くて……ほら」
「ははっ、ガチガチじゃん」
赤く染まった指先を見せた。寒さに震え、少し湿っている。恐らく雪に触ったからだろう。冷たいのは指先だけだから、まだ幸いか。
「まぁ帰ろうか。約束だもんね。今日も十分楽しんだし」
「ふぅー……早く暖まりたいよ」
帰り道は朝倉さんの家まで真っ直ぐ、肩を並べて歩いた。道は白く冷えていたし、空も暗く、そして明るい。雪は止むこともなければ、強まることもなく、気づけば見慣れた街並みに戻っていた。
「じゃあまたね! 寒さで体悪くしないでよ!」
「朝倉さんこそね。バイバイ」
一人になると急に寒く、特に隣の温度がなくなった。家に帰るまでは震えるほどに寒かったが、変わらずと言うべきか、家はやはり安心する温もりに包まれている。指先の凍えもいつしか収まり、ジンジンとした温かい痺れが心地良い。文字を書くにも困ることはなかった。




