第37話 春に向けて
1月3日、まだまだ正月気分は抜けない。箱根の方では大学生が駅伝をしているらしいが、果たしてどこが勝ったのか。興味の有無は半々といったところか。
「へい矢田くん。今日の気分はどんなもんだい」
「まぁ、普通かな。……朝倉さんはテンション高いね」
「いっぱい寝たからね!」
想像以上に単純な原因だったが、元気ならば良しとしよう。実のところ、私も一昨日以降はよく寝たおかげで身体の調子はすこぶる良い事実ではあるし。
「で、そんな今日はどこに行くの?」
「お散歩! あとはカフェとか行きたいよね。cafe」
「発音やめてね」
この調子からするに、元気なのは本当なのだろうな。元気すぎて空振ってしまわないかは少々不安ではあるところだが。が、こうも分かりやすく幸せそうな彼女を見るのは私も嬉しくなるものだ。
「さっ、しゅっぱーつ!」
「どっちに?」
「赴くままよ」
丁字路の分かれ道を、彼女はなんとなくという理由で左に進んだ。本当に、行き先は決めていなかったのだろう。ある程度の目星はあるだろうと思っていたのだが……。
「もうすぐ一年だよね。確か……夏前だっけ?」
「最初に話したのは……そう、春頃だった。体育祭の前だったからね」
「あぁ、あったなぁ。楽しかったなぁ、アレ。思えばあのときも、走るだけで息を切らしたっけ」
笑いながら、思い返す。暑さの酷い日だったな。あの後、夏祭りに行ったんだっけか。一年……考えてみると……。
「朝倉さんはよく元気でいてくれてるよ」
「ははっ、確かに。矢田くんから元気貰ってるのかな。病は気からってよく言うしさ」
冗談めいて言うけれど、そうだったらいいな、なんて思う自分もいる。私のおかげで……いや、そんな恩着せがましく言うつもりもないのだが。それでもどこか、私の影響が少しでもあって、そのために彼女の気力を保つことができているのなら……。
「はぁ、喉渇いた。あ、あそこのコンビニに寄ってこうよ。飲み物欲しい」
「そうだね。僕もなんか買おうかな」
来年度の体育祭、朝倉さんは参加できるのだろうか。このままいけば出席はできるかもしれないが、体力を使うようなことはできないだろうな。それにこれから、どの程度病状が進行するか……私には分からない。
「……わっ!」
「なーに考え事してんだい。ほら、行くよ」
気づけば私達は、買い物を終えて歩き出していた。私は……今更何を考えているのか。今は今を生きる。後のことは、今はどうしようもないだろう。……そうは思っても、なかなか……。
「寒い季節はまだ終わらないけど、そろそろ一周だ。春はお花見をしに行こうね。良いところ知ってるんだ。幼い頃に一回だけ行って……よく覚えてるんだ桜の色が濃いんだ」
「桜か。……いいね。お弁当も持って行かなきゃ」
「作れるの!?」
「人並みには」
作れるかと問われると作れるのだが。何も上手いという話でもない。せっかくなら、多少は練習でもしておこうか。おかずは唐揚げ、卵焼き……野菜は何にしようか。……いや、その辺は作れないな。サンドイッチにしよう。
「わ、私より女子力あるなぁ……」
「朝倉さんは作れないの?」
「炒飯作ろうとしたらチキンライスになった」
それはまたなんとも……致命的というかなんというか。どこをどう違えたらそうなるのか、疑問が止まらないのだが。
「いやね、お お肉が思ったより大きくてさ、パラパラにもなんなかったから、とりあえずケチャップでも入れてみようかなって」
「……とりあえず?」
「ケチャップって美味しいじゃん?」
「まぁ……うん」
料理ができない人はレシピを見ないとはよく聞くが。彼女もそういう類の人間なのだろうか。いや、真面目なタイプだからちゃんと見るだろうとは思うのだが、ならば見た上で? ……いや、ならばつまり、結局はレシピを見ていないということなのだろう。
「……大変だね、君も」
「哀れみの目!?」
彼女に料理を教えた方がいいのだろうか。いや、別に教えても教えなくても、何があるわけでもないか。ならばどうだっていいか、なんて身も蓋もない結論に至った。
「あ、あ! ほら、なんか良い感じの喫茶店があるよ! あそこに行こう!」
気まずくなったのか、彼女は慌てて指先を斜め前方に向けた。そこにあったのは木造りのような、いかにもそれっぽい雰囲気の店だった。落ち着いた様子と同時に、お洒落さも見える。
「いやいや、良い感じのお店があって良かったね」
「適当に歩いてたんでしょ? よく見つかったよ」
「喫茶店なんてね、大抵どこにでもあるんだから」
「そうかな」
そんなことはないと思うのだが。……いや、私が今まで気にしていなかっただけだろうか。もしかしたら本当にどこにでもあるのかもしれないが。そんな多少の興味と、呆れを抱えながら彼女と共に店に入った。




