第36話 おみくじ
二礼二拍手一礼、誰がそんなことを言ったのか、マナーというものはよく分からない。そもそも私が神様なんてものを信じていない、というのもあるのだろうが……。それはそうだ。神様がいるなら、こんな理不尽を与えるわけがない。今こうして、堂の鐘を前にしていざ実践しても、形や気配は何も感じない。
パチン、パチン
手を叩く音が耳に届く。郷に入っては郷に従えとは言うが、まさにそのことだろう。ここには神様を信じる人もいるし、信じない人もいる。信じなくても、だからこそ神頼みに来る人だっている。結局、いるかいないかなんて論じるのは大した意味はない気がする。
(神様が、本当に神様がいるなら。彼女を奪わないであげてください)
こう願うことに何の意味があるのだろうか。願って何かが叶うのか。何かが形になるのか。それでも私は願うしかなかった。せめて病に倒れるまでは健康でいてほしいと。あまりに控えめで、そして神様に願っても受け入れてくれそうな程度の願い。
「なんかさ、お賽銭ってわくわくするよね」
ふと、私の耳元に静かな声が届いた。お金を入れて、鐘を鳴らす。そして神様に願いを伝える。あれやこれやと思うところはあるのだが、私もその文化自体は面白いと思う。
「確かにね」
短い肯定を伝えた。深い深い礼を送ると、そのまま後ろの人に順番を渡した。初詣ということもあり、ここ、白端神社もそれなりの盛況だ。都会近くだともう少し……いや、溢れんばかりの人が来るのだろうか。そもそも都会には神社もないかもしれない。私には分からないな。
「ふぅー、疲れた。人混みはやっぱり大変ですね」
「やることやったから、後は少しブラブラしてから帰る?」
「ちょっと待った!」
お疲れモードの私達に待ったをかけたのは、誰よりも疲れているはずの朝倉さんだ。朝の空気にもすっかり慣れて、寒さの震えはどこにも見えなかった。
「おみくじ、引くでしょ?」
「……おみくじ?」
彼女の口から出たのは、あまりに意外な一言……いや、この場においてはありきたりな一言だろうか。おみくじというのは、そう、誰もが知ってるあのおみくじだろう。思えば朝倉さんのことだ。占いまがいのことを避けて通るはずがない。
「まぁせっかくだし、みんなで引こうか。いくらくらいなの?」
「300円」
「……高いなぁ」
相場を知らないから分からないが、ポンと出せる額では……あるのだが。ポンと出せる額ではあるのだが、おみくじという不確定なものに出す意欲があるかと問われれば……。ただ一年に一度のお祭りのようなもの、こんな紙切れに一喜一憂する。それは正直、私もかなり好きだ。
「みんな買った?」
「買ったよ」
「じゃあせーので一緒に開こうよ。いい? せーのっ!」
4人同時に開かれたその中身は……吉、中吉、末吉……そして凶。言わずもがな、私が凶だ。こういうものは入ってる量も少ないと思うのだが、それを引いたのならばある意味私は運がいいのだろう。
「はっははっ! おい矢田、お前凶じゃねぇか!」
「ん……お前だって末吉だろ。あんま変わんないって」
「吉と凶じゃ全然違ぇよ。まるで別物だ」
古澤の、楽しそうな愉快な声。思わず私も熱くなった。確かに、吉に分類される末吉と凶の間には差があろう。だが、順番で言えばさほど変わらないのもまた事実だろう。私としては、彼も十分にこっち側だ。
その後は特に何をするでもなく、私達は別れた。まだ日が暮れるような時間でもないのだが、正月は家でやることもあるだろう。
「さ、私達もバイバイだね。今日も楽しかったよ」
朝倉さんを送り、そろそろ家に到着するという頃。今日という日はまだまだ長いが、濃い時間は終わりが近い。
「僕も楽しかったよ。またね」
彼女が家に帰るのを見て、私は手を振ってから踵を返した。いつものように、私は私の家に帰る。日は高いが、少し静かに変わっていた。清々しい風も、向きが変わると印象も変わる。
「次は明後日か。正月の早起きは苦しいな」
そうは呟きながらも、そう苦労するものでもない。が、せっかくの正月なのだからのんびりぐだぐだしていたいというのも事実。帰ったら昼寝でもしようかな、そんなことを考えながら、私は気づけば家の前まで帰っていた。
「ただいまー」
「あぁ、お帰りー」
部屋の奥から聞こえたのは母さんの声。しかもどこか眠そうな声だった。朝はまだ寝ていたが、流石にもう起きているのか。年明け早々、家の中も雰囲気はどこか違っていた。




