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第29話 悩むこと、選ぶこと

 クッキーと紅茶を頂き、数時間ほどお邪魔していた。特に何をしていたというわけでもない。ただ話をしたり、何かを見させてもらったり、聴かせてもらったり。そんなこんなをしているうちに、空はすっかり暗くなっていた。


「もうお別れなんて、早いわね。またいつでもいらっしゃい、歓迎するわ」


「そんな……えぇ、ご迷惑でなければ」


 冬の夜とは早いもので。いや、時刻でいえばまだ夕方というべきだろうが、どうしてこうも、瞬く間に更けてしまうのか。


「お家は近いの? 良かったら送っていきましょうか?」


「いえいえ、お構いなく。そんな距離じゃないですよ」


 車を出そうとしてくれようとするのを、微笑みながら制止する。理由は歩いて帰れる距離だというのが一つ、友人の親と一対一は、慣れたと言っても流石に気まずいというのが一つ。


「また学校でね、矢田くん! 冬休みになったら、またいっぱい遊ぼうね!」


「うん、またね! ばいばい!」


 いつもの通りの笑顔を向けて、右手を大きく……とは言えない程度に、それとなく振り返す。我ながら、笑顔が上手になったものだと思う。作り笑顔などではないが、だからこそ、余計に。


 街灯に照らされる暗い通り、息を吐き出すとその白が余計に目立つ。走り去る車のヘッドライトに、焼き肉の香りが漂う店の明かり。柔らかい光が私の顔にぶつかった。


「クリスマス……か」


 誰に言うでもなく、私の口から零れたのはそんな言葉だった。この時期、夜の色彩は相当に豊かだ。自然に溢れる光だけでなく、イルミネーションもチラチラと。もう少しもすれば、街は赤と緑に彩られるだろう。


 クリスマスなんてものは、ある意味で初めて経験すると言っても過言ではない。幼い頃はサンタを信じてプレゼントも貰ってはいたが、それは受動的なものだったから。もし、クリスマスに朝倉さんと会うことになるのなら。……だとしたら、やはりプレゼントは用意した方がいいだろう。いつものパフェやクレープではなく、もっと特別な何か。


「ただいまー」


 そんな難しいことを考えているうちに、私はあっという間に家に帰っていた。いつものように、暖色系の光が部屋いっぱいを照らしている。言うまでもなく、安心する色。


「おかえりー。今日はどうだったー?」


「楽しかった。良くしてもらったよ」


 洗面所で手を洗いながら、リビングから聞こえたのは母さんの声だった。母さんは私が朝倉さんと仲良くしていることは知っているが、どこかで恋仲とでも思っているのかもしれない。そんな単純な関係なら良かったのだが、と、やれやれと思いながらリビングのソファに腰を下ろした。


「ねぇ、クリスマスプレゼントってどんなのが良いかな?」


「あら、春奈ちゃんに贈るの?」


「……そうだよ」


 下手な嘘をつくよりは、正直に話した方がいい。朝倉さんのことを、いつの間にか春奈ちゃんと読んでいるのは、少しばかり不服だが。それもツッコむようなことでもない。


「無難なのはやめなさい。頑張って選んでくれたんだって、そう思えたら嬉しいわよ」


「……それって母さんがおばさんだからじゃなくて?」


「誰がクソババアだ」


「そこまでは言ってないよ」


 ……頑張って選ぶ、か。朝倉さんが貰って喜ぶものは何か。大抵のものは喜ぶのだが、私が贈りたいのはそういうものではない。もっと特別に喜んでくれるものがいい。


 自己満足といえばそれまでかもしれない。それでも私は心の底から、彼女に喜んでもらいたい。そう思っている。だからこそ、こうして悩んでいる間も、苦痛ではなかった。むしろ、私にとってはこれこそがクリスマスだった。


「ふぅ……」


 息を吐きながら、自室のベッドに倒れ込んだ。朝倉さんの喜ぶもの、考えれば考えるほどに難しい。母さん曰く“選ぶこと”こそ意味があるとは言うが……。


 ふと、ポケットから取り出したスマートフォンに目を移す。気づかなかったが、一件の通知が入っていた。


「……」


 それは何でことのない、つまらない内容だった。いや、言い方が悪いから訂正しよう。つまらないのではなく、本来気にする必要のないことだった、と言う方が正しい。それでも私にとって、その連絡はどこか嬉しいものでもあった。


「好きにやればいいのに」


 返信をしながら、ポツリと呟く。低く細い声が、壁を反射して聞こえたような気がする。途端、私の視界は明るくなった。何も難しく考える必要はない。朝倉さんの欲しいものなんて、深く考えることではないのだ。


 送信ボタンを押し、相手にアドバイスを送る。の悩みは気にするようなことではないと、そう思っていたが。それと同時に私の方こそ悩むほどのことではなかった。


 肩を緩めながら、ベッドの上で天井を見上げた。明かりを落とすと、不思議とそれは、夜空のようにも見えた気がする。

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