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第30話 青春の香り

「ひぃー……寒っ」


 クリスマスの朝、私は駅の改札近くに立っていた。分厚いコートを羽織っていても、それでもなお、冷気は私の芯まで喰らう。今日という特別な日には、どこを歩いても楽しげな音楽が鳴り、明るいイルミネーションに飾られている。これほどまでにこの景色をよく観るのは、間違いなく今年が初めてだ。


「おーい、矢田くーん!」


「お、朝倉さん! おはよう!」


 時間通りにやってきた朝倉さんは、いつもより洒落た雰囲気で、そして何より、雪原よりも眩しい白のコートで身を包んでいた。


「なんか……味気ないね」


「僕としてはそれなりにお洒落したつもりなんだけど」


 相変わらず、飾りも隠しもしない口調に、思わず口元が緩む。私は今まで、服装に気を遣うことがなかったから、何が良くて何が悪いのか、という基準がよく分からない。


「もっとさぁ、柄の凄い服とか着てみたら?」


「着こなせないよ。僕を何だと思ってるんだ」


 軽口を叩きながら、改札を抜け、電車に乗る。想像以上に混んでおり、呼吸も苦しくなりそうだ。クリスマスパワーを舐めていた。


「そういえばさ、凛ちゃんと古澤くん、上手くいってるらしいよ」


「そっか。昨日連絡来てたんだよ。そっか……あっちはあっちで、仲良くやってんだね」


 安堵か何なのか、よく分からない感情が溢れた。昨夜、花井さんから来ていた連絡。アレは彼女の不安だった。朝倉さんが苦しんでいて、それを知っていて自分は楽しんでいて良いのか、という不安。分からないでもないが、それは悪ではないだろう。私は人のために自分を抑える必要はないと、そう伝えたのだ。


「へぇ、矢田くんのアドバイスかぁ。あの2人ってさ、あんま合わなそうだけど、相性って分かんないもんだよね」


「それは……まぁそうだね」


 古澤の方はやんちゃというか、悪ガキ感が強い気がする。対して花井さんは大人で、しっかり者で静かな雰囲気というか。よそから見ると馬が合わないようにも思えるが、当人にしか分からない何かがあるのだろう。まぁ、それというなら私と朝倉さんも合うような性格には見えないだろうな。


「私ねぇ、今日が楽しみだったんだ。ちょっと高台に登って、イルミネーション見て……美味しいご飯食べて……。ね、楽しみだねっ?」


「うん、僕もずっと楽しみにしてたよ」


 ふと、車窓の外、流れる景色に目を移す。冬特有の、どこか寂しげな空気。色があるわけではないのに、乾いた色が透けて見える。


「……暖まってきたかな」


「お、やっとおはよう?」


 目が覚めたからか、あるいは電車内の熱気ゆえか……緊張のためか。要因は一つではないだろうが、私の背には汗が伝っていた。


 電車に揺られて十数分。やっとのことで、外の冷たい空気に触れた。


「ふぅー……あぁ。すっきりするなー」


「やっぱ、綺麗な空気はいいよね」


 肺いっぱいに冷たい空気を取り込む。そしてゆっくり吐き出す。アイスやシャーベットでも食べたような爽快感。先ほどまで熱気の中にいたせいで、余計にそう思う。


「……で、僕もこの辺については調べて来たけどさ。計画は?」


「あっちの方にね、島があるんだよ。島って言っても、橋で繋がってるし、陸地から遠くないんだけどね」


「あぁ、僕もそれくらいは知ってるよ」


 谷賀やが島という、ちょっとした観光名所だ。白端の隣街の距離だから、私も知ってはいる。よく来るわけでもないが、来ないこともない。その程度。


「私もね、せっかくなら目新しいところに行こうかとも思ったんだけど。なんだかんださ、見慣れたところもいいじゃん? 特に私達って……」


「そうだね。確かに、飾るようなタイプじゃないか」


 歩き、向かうたびに潮の香りが強くなる。甘いような、苦いような。皮肉にも、これほどまでに私達を表現する香りがあるだろうか。


「私はね、こういうのが大好きなんだよ。なんてことのない場所、なんてことのない時間。それってさ、凄く素敵だと思わない?」


「間違いないね。普通こそ最高だって、誰かが言ってた」


「誰が?」


「知らない」


 開けると、見えたのは大通り、そして広い、広い水平線。待ってましたと言わんばかりの冷たく強い、香りのする風。賑わう人波に酔いそうだ。


「クリスマスだなぁ……」


「え、今更?」


「いや、改めてね?」


 こうも賑わうのは、それこそクリスマスか、それか正月、盆の時期くらいのものだろう。私はそんな時期に、このような場所に赴くことなどなかったから圧倒されてしまった。都会、というわけでもなく……むしろどちらかと言えば田舎寄りだとは思うのだが。


「で、何するの?」


「お散歩して、お昼を食べよ!それからまたちょっと、ブラリと買い物して、浜で遊んで、夕暮れ前にはあの岡を登って、そしたらイルミネーションがあるから……」


「ははっ、分かった分かった。順番に行こう。焦らなくていいよ」


「……うんっ!」


 一歩、感じたことのない輝かしい世界に、私達は踏み出した。

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