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第28話 冬の只中

「うーん……寒いな」


「すっかり冬だよ。ごめんね、わざわざ」


「……いや、いいんだけどね」


 とある休日の午前、私は朝倉さんに呼ばれていた。すっかり冷たい空気に、透き通った潮風。息を吸うだけでも肺が焼けるような、そんな感触。


「で、朝倉さんに行くんでしょ? 何か気をつけた方がいいこととか……ある?」


「いや、気のいい人だから、あまり気にしないで。父さんは今日外してるし」


「そっか。じゃあ会いたがってたのはお母さんか」


「そっ」


 なんか……緊張するな。いやに身体が震えているのは寒さのせいか、あるいは……。いつも通るような道が、ずっと長く感じた。吐く息が白い。そして温かい。


 そうして十数分、やって来たのは彼女の家。いつもと変わらぬ、黒い家。落ち着いた雰囲気の……けれどどこか大きく見えた。早まる鼓動が苦しくもある。


「母さーん、来たよー。……そう、矢田くんと」


 朝倉さんは丁寧にインターホンを鳴らし、それからドアを開いた。少しの甘さと、それでいて清涼剤のようなスッキリとした匂い。生活感がありつつ、まるで花畑みたいな……いやいや。変態か、私は。


「あらあら、いらっしゃい、矢田くん。お話は聞いてるからね、上がって」


「あ、はい。初めまして。……お邪魔します」


 玄関の奥からやって来たのは、落ち着いた雰囲気でありながら割とぐいぐい来るタイプの人だった。朝倉さんのお母さんだと言うから、もう少し落ち着き、厳しそうな人をイメージしていたのだが。いや、朝倉さんに似てると言えば似てるのだが。


「お茶、淹れましょうか? 紅茶でいいかな?」


「そんなわざわざ……」


「いいのいいの、お客さんだもの」


「……じゃあ頂きます」


 完全に相手のペースだった。お母さんは朝倉さんよりもやや強引で、私なんかがペースを作るなんてことはできない。紅茶は苦味が深く、そしてどこか甘くも感じた。


「春奈からよく聞いてるわ。良くしてもらってるみたいで」


「僕の方こそ色々連れ出してもらって、助かってますよ。むしろ迷惑をかけてないかと心配で」


「ははっ。ないない。春奈ったら、めっちゃ君に惚れ込んでるんだから」


「母さん?」


 荒んだ朝倉さんの顔が少し恐ろしいが……そうか。そうなら私も気が楽だ。親との関係も良さそうだし、気になるようなことは特に……。


「でも本当に、助かってるのよ。春くらいからかな? この子もすっかり明るくなって、助かってるの」


「母さん……矢田くんの前だから……」


 母親は朝倉さんの頭にポンと手を置き、彼女は不服そうで、嬉しそうな顔をしていた。微笑ましいという言葉が似合うほど、儚く尊く感じる。


「まぁ何にせよ、感謝してるのよ、矢田くんには。娘に……なんて言うのかな。希望を持たせてくれて。たぶんそれは、家族わたしたちにはできないことだから……」


「偶々《たまたま》ですよ。感謝されるようなことじゃ……」


「いいえ、それでもいいの。春奈が楽しそうならそれだけで。矢田くんも良い人そうだし、安心した」


 彼女の話を聞きながら、私は紅茶を舌に運んだ。意外にも、居心地は悪くはない。いや、むしろ良い。流石に自分の家のようにリラックスはできないが。


「母さん、矢田くん! もうそんな話はヤメっ! おやつ食べよ。買ってたでしょ?」


「あぁ、そうね。待ってて、クッキー出してくるから」


 トテトテとスリッパで音を立てながら、キッチンの方へと消えていった。少しの間机は静まり、再び声が届く。


「どう? ウチは」


「良いお母さんだね。家でも楽しそうなんだなって思えるよ。父さんも良い人なの?」


「まぁ……そうだね。私もほら……年頃だから。気に入らないところもあるけど……。前にも話したでしょ? 厳格だけど、良い人だよ」


「……そっか」


 それなら良かった、と、そこまで言う必要はないだろう。私なんかが生意気だろうが、実際にこの目で見ることができたから、ここがちゃんと彼女の居場所だと知れたのだ。それが私としては、過保護だろうが安心できた。


「ねぇ、矢田くん。次はどこ行こっか。もう冬休みになるもんね」


「クリスマス、年末年始……なんでも付き合うよ。ほら、遊びに行くような友達はほとんどいないから」


「ははっ、寂し」


 軽やかに笑う声に、私もふふっと漏らしてしまった。紅茶の熱はすっかり冷め、甘みの目立つ味だった。

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