エピローグ
それから3年後。
ユリア様はわたしの勤めている会社の製品を気に入ってくれているようで、それからも我が社の製品を使用しているところをトックチューブにアップしてくれている。
わたしもトックチューブで配信はしているけど、他の人の動画を観たことがなかった。
ユリア様の動画には興味があったんだけど、どうやって観るのかやり方がわからないので、いまだに観ていない。
しかしどうもユリア様が特区で使っている製品と、わたしが特区で使う製品はことごとく被っているみたいだった。
まあ、そんなのはただの偶然だろう。
いずれにしてもユリア様のおかげで我が社の製品は爆発的に売れ、会社もその爆風に煽られるように大きくなっていった。
小さな雑居ビルの1階にある小さな会社だったのに、いまでは50階建ての自社ビルを有するほどになる。
あ、そうそう。わたしにとってはそれ以上ともいえる、大きな変化があったんだ。
お昼ごはんはいつもコンビニのサンドイッチで、会社の裏にある植込みに隠れて食べていたんだけど……。
「先週は、ついにユリア様が踏破した山を突き止めたんですのよ。富士山みたいに大きな山で、白い雪が被さっていてとってもキレイな山でしたわぁ」
500円のサバミソ定食を食べるわたしの前には、金剛院モンドさんがいて1000円のスペシャルランチを食べている。
彼女はあれからもずっとわたしにユリア様自慢を続けていて、それがキッカケで不思議と話すようになった。
お昼もいっしょに食べるようになって、わたしはついに社員食堂を利用できるようになったんだ。
「あ、そうそう、我が社に今度、新しい系列会社ができるそうですわよ。加工食品の会社で、特区の食品を缶詰にするそうですわ。特区の食品は、現実への持込みが禁止されおりますけれど、法改正も同時に行なわれるそうですわよ」
「へぇ……」
わたしの相槌も、少しはマシになってきたと思う。
「特区のとある領主の方が、ユリア様のために一念発起したそうですわ。国王を説き伏せ、エルフの仲介で日本政府と交渉し、缶詰の加工販売にこぎつけたそうですわ。領主様がテレビのインタビューで答えておりましたけど、ユリア様にツナ缶を食べていただきたい一心でがんばったとおっしゃっておりましたわ」
そうなんだ……。でも、なんで我が社なんだろう?
我が社はナイフとか包丁のメーカーで、缶詰なんて扱ってないのに……。
そんな疑問も口に出す必要すらなく、金剛院さんが教えてくれた。
「その領主様はかつてユリア様に命を救われて、そのうえお料理まで教わったそうですわ。その時にユリア様が使っていた調理用の包丁が我が社のものだったそうですわ。領主様は、ユリア様が愛用されているのなら間違いないだろうと判断したのでしょう。その熱い思いに応えるべく、我が社も新しい会社を作ったそうですわ」
「すごい……ですね……」
「ええ。異世界の領主を動かすだけでなく、現実世界の一企業まで動かして新しい会社を作らせるだなんて、本当にユリア様の影響力は天井知らずですわね。異世界の食品の販売は初の試みですから、世界中から注目されておりますわ。我が社の株価も連日ストップ高だそうですわよ」
本当に、ユリア様はものすごい。
この3年で、彼女はふたつの世界を大きく動かしていた。
ユリア様が行った特区の地域はどこも治安がよくなり、特区の世界のほとんどが渡航レベル1になった。
トックチューブの影響力も絶大で、フォロワー数は50億人を突破したそうだ。
彼女の呼びかけで、戦争直前だった国どうしも仲良くなったし、彼女の配信のおかげで世界各国の自殺率や失業率が減り、成長率や出生率が上向きになっているという。
この3年で、現実と特区の両方の大スターになったユリア様。
でも……同姓同名のわたしは相変わらず、喪女のままだった。
ふと、わたしたちのいる席にミックスフライ定食のトレイをもった部長が通りかかる。
部長はすれちがいざまに、何気ない口調でショッキングな事を告げた。
「あ、山本くん、新しく系列会社ができるのは知ってるよね? キミはそこに異動になったから」
「え」
わたしは目の前が真っ暗になる。
せっかくこの人だらけの自社ビルにも慣れてきたというのに、別の会社に行くなんて……!
わたしはなんとか異動を取り消せないかと、お昼ごはんそっちのけで部長にかけあったんだけど、うまく言葉にできない。
けっきょく流されるまま、系列会社への異動が決まってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
系列会社への初出勤日、わたしはいつも以上に憂鬱な気分でアパートを出た。
「はぁ……。みんな、無口で本好きとかだといいな……。カラオケとかバーベキューとかやらなくて、ウェーイとか言わない人たちだったらいいな……」
新しい職場の人間像を勝手に希望しつつ、地下鉄に乗る。
系列会社はいままでの会社とは反対方向にあって、通勤ラッシュとは無縁の路線。
電車内が空いているのがせめてもの救いだった。
駅を降りて地下鉄の階段をあがる。
駅前はビジネス街じゃないらしく、朝は人が少なくて通りは歩きやすかった。
プチいいことが重なって、わたしの気持ちも少しは前向きになる。
「前の会社より通勤しやすいし、時間も短い。週末は早く特区に行けるようになるから、案外悪くないかも……きゃっ!?」
わたしはいきなり手を掴まれ、路地裏に引っ張りこまれた。
なにがなんだかわからないうちに脂ぎった身体に抱き寄せられ、すえた匂いに包まれる。
抵抗しようとしたけど、口に汚れたハンカチを押し当てられた。声がくぐもり、意識が朦朧とする。
「へへ、特区からの違法ドラッグの効き目はたいしたもんだな……あっという間に大人しくなりやがった。しっかし、こいつ女のクセしてデケェなぁ!」
わたしの身体はずるずると引きずられ、ビルの間に入っていく。
両脇にあるビルは廃ビルのようで、暗い裏路地には人の気配がまったくなかった。
やがて、わたしの身体はゴミ溜めに投げ込まれる。
へんな薬が効いているのか悲鳴もあげられず、吐息を絞り出すので精一杯。
身体がしびれて動かない。わたしをさらったのは、ホームレスみたいな身なりの男の人だった。
頭はハゲているのにヒゲもじゃで、顔は脂と汚れにまみれている。
眼は特区のオークを彷彿とさせた。
「テメェのせいだ……!」
「だ……誰……?」
「ブヒイッ!? 誰、だとぉ!? 恩人の顔を忘れたとは言わせねぇぞ! 役立たずのお前を使ってやってた俺を!!」
その豚の鳴き声のような声で、わたしはハッとなる。
この人、たしか総務部にいた……!
名前はええっと……大管さん……!?
大管さんは目を血走らせ、興奮状態で肩をいからせている。
「テメェのせいで、会社をクビになっちまった! そこから俺の人生はメチャクチャになっちまったんだ! 別の会社に就職してもぜんぜんうまくいかねぇ! バイトもぜんぶクビになっちまった! それもぜんぶ、お前のせいだっ!」
完全なる逆恨みだった。
大管さんは鼻息を荒くしながらズボンを下ろしている。
「こうなったら一発逆転を狙って、動画配信することにしたんだよ! 特区にはユリアがいるから、こっちの世界でな! ユリオって名前で、ユリアみてぇに好き勝手にやってやる! その手始めがまず、テメェってわけだ! テメェは俺が好きだったんだろう!? だからメチャクチャにしてやってもいいよなぁ!? ブヒィィィーーーーッ!!」
わたしは武道の経験があるから、ひとりくらいの男の人だったらなんとかできると思う。
でもいまは薬のせいで身体が思うように動かない。
死にかけの蚊みたいな声を漏らし、干からびる寸前のミミズみたいに身体をよじらせるだけで精一杯だった。
「だ……誰か……助け……!」
「逃げろ逃げろ! 怯えろ怯えろ! ここには誰も来ねぇからなぁ! たっぷり可愛がって、日頃のウサを晴らさせてもらうぜぇ! ブヒヒヒヒヒーーーーッ!」
オークのような巨体が、バッ! と高く飛びあがった。
路地裏を凶雲のような影が覆い尽くす。
わたしは怖くてたまらなくなり目を閉じようとした、その直前。
横薙ぎの衝撃によって、オークは吹っ飛ばされていた。
「ブヒィィィーーーーッ!?!?」
オークの行く末を目で追うと、悲鳴とともに窓ガラスを破って廃ビルのなかに消えていった。
視線を戻した先に、立っていたのは……。
高級そうなスーツに身を包み、長い足を高く振り上げ、ハイキックのポーズをキメた男の人だった。
男の人は足を下ろすと、何事もなかったかのようにわたしに近づいてくる。
その人はウルフカットの金髪に青い瞳、白い肌に整った顔立ちの異世界系のイケメンだった。
年はまだ若くて高校生っぽいけど、背が高いうえにシュッとした身体でスーツがやたらと似合っている。
現実にはぜったいにいないであろう、妖精の王子様みたいな美少年。
微笑みながらわたしを抱え上げてきたので、わたしはいろんな意味で叫び出しそうになっていた。
「ひ……ひいっ!?」
「僕が来たからにはもう大丈夫だよ。さ、行こっか」
わたしのことを知っているのか、王子様はずっと人なつっこい笑顔。
わたしを軽々と抱えたまま路地裏から出て、堂々とした足取りで通りを歩きはじめた。
我が身に降りかかっていることがなにひとつ理解できない。でも身体が動かないのでされるがままになるしかない。
いい年した女が高校生に抱きかかえられて運ばれるのは注目の的で、わたしは思わず彼の胸に顔を埋めてしまった。
どこに連れていかれるんだろうと不安になったけど、なぜかわたしが今日出社するはずの会社に連れていかれた。
会社は新築のビルで、本社と同じくらいに大きい。
ロビーは体育館のように広いんだけど、そこには全社員が勢揃いしていた。
少年は真ん中の花道を通り、ロビーに設えられたステージへとあがる。
なに……? いったいなんなの……?
この人は、何者なの……?
わたしが目をぱちくりさせていると、少年はマイクに向かって咳払いをひとつ。
『おはよう! 僕がこの「ユリア水産」の新社長に就任したプレットだ!』
「えっ……ええっ!?」
いきなりの社長宣言に、まずわたしがびっくり。
『そしてここにいるのは僕の秘書……そして、僕の恋人にしたい人だ!』
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
続けざまの爆弾発言に、わたしもまわりの社員たちも大絶叫。
わたしの困惑もピークに達し、新社長の腕のなかで死にかけのセミみたいに固まっていると、太陽のような笑顔が降りそそいだ。
「やっとお姫様抱っこできたよ。僕は3年間、この時のためにがんばってきたんだ。だから、もう一度言わせてほしい。僕はキミが大好きだ。どうか、結婚を前提に付き合ってほしい」
「は……はひいっ!?」
わたしの返事は肯定というか、ただの悲鳴だったんだけど……。
『したいしたいリスト』の『婚約する』にチェックが入ったことを知るのは、もう少し後のことだ。




