東京滞在記 Ⅰ
日韓共催のワールドカップが終わったというのにベッカム人気は衰えず、俺は髪型を、「ベッカムのようにしたい」と母さんに懇願した。
別にファンになったわけじゃない。母さんがファンになったからだ。とにかく長すぎるのだ、俺の髪。
一蹴だったよ。ベッカムだけに、ダメだった (涙)
夏休み東京強化合宿ハルカバージョンニ泊三日へ、いよいよ出発だというのに長い髪のままで・・・憂鬱だった。
(あ~髪切りてぇ~!)
◆
俺の部屋はずいぶん整備された。
俺の部屋といってもハルカ先生宅に間借りしている夏場は西陽が厳しい六畳間の事だ。
この部屋には、昨年発売されたばかりのあのWindowsXPにキーボードもYAMAHAの歴史的な名器中の名器DX7を中古で安く買い込み、さらに出たばかりのYAMAHAのMOTIF初代機までも置かれていた。
このMOTIFは、音楽シーンに革命を起こす機種だ!
昨年このMOTIFが登場するとパソコンから既存の音素材を取り込めるようになったのだ。
うん?ピンとこない。
そうだな・・・ループ素材をお気軽に使えるようになったという事だよ。
ヒップホップはまさにこのMOTIFの発売を機に発展を遂げたジャンルと言ってもいい。
それだけじゃないMOTIFのネーミングどおり、この機種はメニューの選択ひとつで曲の主題を簡単に作る事ができるんだ。
例えるなら、そうだなぁ~パソコンから取り込んだ音素材を細かくいくつにも切ってランダムに組み直す事でフレーズが自動で作れる機能があるんだ。
まぁ、シンセの機能を文字や言葉で表現するのは難しいけど、要するに作曲の知識がない俺みたいな奴でも曲の断片が自動的に作れて、それを組み合わせる事で簡単に曲できてしまうという事だ。
ましてや坂本龍一氏は発売前からMOTIFを使用していたし、スティーヴィー・ワンダー氏、チック・コリア氏、スティーヴ・ポーカロ氏など様々なワールドクラスのトップミュージシャンが愛用した機種だ。
俺が、彼らが未来で完成させた作品をApple Musicで聴き込んでパクって俺流に再生するのだからまさに俺のための機種になること疑いなし!
さらに、さらに、俺は学生時代になってこのMOTIFの後継機を中古で買って使い込んでいた男だ。初期種なら任せとけというもんだ。
▲ 心内会議 ▼
《おい俺ヨ、心痛まないか、MOTIFまで買い込んで人様の曲をパクろうとして》
(どうしてだ?オレよ、全く痛まないぞ)
《そんなに俺は恥知らずだったのか?》
(バカなことを言うなオレよ。いいか、俺はこの日本の音楽シーンに大きな益をもたらす男だぞ。そこを理解してこの走馬灯ワールドを満喫しないと心を病むぞ)
《貢献するということか?俺が日本の音楽シーンに》
(そういうことだよ)
《わからんぞ、どう転べば俺がこの業界に貢献できるというんだ。ただのチートなパクリ野郎だろうが俺は》
(マジかよ、マジでそんなこと思ってんの?あのなぁ、俺が未来のヒット曲をいくらパクったからといって、誰にも迷惑なんかかかりゃしないし、誰も困りはしないだろう。それどころか、俺がチートに生み出した曲やサウンドやリズムによって俺にパクられた本当に才能あるミュージシャン達は、逆に俺からインスパイアされて新たなより優れた楽曲を生み出すというわけだ)
《なるほど、俺はあいつだけじゃなくて日本ポップスシーンでも先達となるわけだ》
(その通り。俺がチートに多くの優れた未来曲のアレンジ楽曲を世間に広めると当然それに感化された奴らが、より上を目指していい曲を作るわけだ。そうやって相乗効果によってよりいい作品が生まれてくるのが世の道理というものだ。だから俺は貢献者であって、卑劣なチート野郎じゃないということだ)
《なるほど、チート技を才能と考えればいいわけだ》
(そういうことだ。俺がいくら未来のヒット曲をパクっても現在には何ら影響はないんだよ。だって考えてもみろよ、彼ら売れっ子ミュージシャンは俺が彼らの未来の曲をパクったなんて気が付きようがないんだからな)
《わかったよ、俺のやることはモラルの観点からも問題はないわけだ》
(そう解釈しないとこの走馬灯ワールド満喫できないし、もしモラル違反なら頭痛が襲ってくるはずだがそんな兆しもないだろう)
《だとしたら、それは俺が作曲家として表に出ないと鳴門さんと契約を交わしたことにも関わっているんじゃないか?》
(どうだろうな・・・そうかもしれんし違うかもだ。でも、もし俺がこのチート技を利用して地位や名誉や財産の獲得に動いたなら容赦はしてくれんだろうよ)
《怖いからするなよ。金だって必要以上には稼ぐな。一番大事なのは、未来のあいつに負けない俺のスキルアップだ。音楽事ばかりにかまってもいられないことを自覚しるよ》
(ああ、わかってるさ、バイトのつもりの作曲活動だ。そう時間と手間はかけんよ。俺が目指すのはご指摘通り、リクが将来手にするであろう巨大なスキルに勝るスキルだ。作曲家の肩書きもその一つにすぎんということだ)
《わかってるんならいいさぁ、東京での仕事をとっとと片付けてこようぜ》
(おうよ)
◆
人生初の東京という事になっている二泊三日のツアー初日は昼前から始まった。
小学生新幹線一人旅を、隣席の親切なおばちゃんのお陰で快適に過ごせた俺は、東京駅に降り立つとその足で山手線に乗り込み目黒へと向かった。
ケラウズランブラの渋谷事務所より前に、ヴィクセンレコードのスタジオで鳴門さんと美坂ミオと合流する事になっている。
「ああ懐かしいな」
俺の住いは高円寺だったが、職場に向かう際に山手線を利用する事もあり、そんな思いがこぼれた。
俺の時代より約20年前の山手線、新幹線にしてもそうだったが、所々に古さは感じるがそれほど違和感はない。
(ああ、ビール飲みてぇ~)
住み慣れた東京に戻ってこられたリラックス感が昼間からのビールを欲した。
(我慢、我慢、夜のホテルまで・・・)
俺は、子供らしく、「自由にジュースが飲みたい」と事務所に幼稚にねだってミニバーがあるホテルを指定している。
目黒駅には事前に連絡していた事もあり鳴門さん自ら迎えにきてくれた。
「お世話になります」
再会を固い握手で確認すると、あたりを見廻す鳴門さん。案の定、俺一人でここまできたのを驚いた様子だ。
「もう驚かないよ」なんて強がりを言うが、彼にも俺と同じ年頃の父子家庭な息子がいるんだよなぁ・・・
俺は車に乗せられて案内されたスタジオには馴染みのない顔ばかり、当然だ。
東京での最初の仕事は、明日の遠藤保津監督との最終コンペの打ち合わせではなく、美坂ミオの最終段階のレコーディングに立ち会う事だった。
もう全ての作業をほぼ終えているはずなのにこんなスケジュールが組まれたのは他でもない、プロデューサー後町さんが納得できない曲があるからだ。
俺は、作曲者として、ドラマ、またネコの主題歌となる『In The Evening』 の完成品を耳にすると、
(えっ~これなんじゃ・・・)
イメージとあまりにかけはなれた出来にショックを受けた。
「クズですね。これってメインストリーム・カルチャーのままじゃないですか」
この一言に、俺を知らない制作スタッフたちにドラマ関係者は怒りの表現者としてスクッと立ち上がったが美坂ミオはそれに同調してこなかった。
「これは帆足さんのリズムじゃない。誰ですこの下手なリズム刻んだ人は」
俺は腹がたっていた。あれほど指定した先取りのうだるような独特のリズムが無視されていたからだ。
(こいつらエミネムを知らないよな~もうデビューしてるのに・・・)
俺はここで、ここにもあったMOTIFをその場で駆使して俺のイメージのエミネムパクリのIn The Eveningを生で聞かせてやった。
♪~
美坂ミオはハイトーンボーカリスト。ラッパーの刻む低音のバックボーカルを縫うように本格的なボイスを聴かせるのが、俺のIn The Evening。
それなのにラッパーが刻むバックリズムボーカルを消してしまい、ただの良質なポップスに仕上げてしまっていたのだ。
「どうですミオ姉さん、どっちが姉さんの声が栄えると思います。いいやどっちがインパクトあると思う?」
「ほら、だから言ったじゃない、後町さん、翔は絶対に認めないって」
ミオは俺の問いをかわして、そのままプロデューサーにぶつけた。
「でもな、スポンサーの意向なんだ。これほどの上質なメロディーラインをラップで汚す必要はないだろうと」
「汚すって・・・そんな悠長なことを!いいですか、このMOTIFが昨年発売されてからは、僕の今、出したサウンドが世界的に主流を占めるのは時間の問題なんです。それを誰が最初にやるかかが今は問われているんだ。これぐらいの曲を上質のメロディーというのなら、アレンジ版をあとから出せばいいし、ライブでは好きにすればいいじゃないですか。それにこれぐらいの曲いくらでも僕には書ける」
俺はここでピアノの前に立ちそのままの姿勢で軽くリズミカルな曲を披露した。
♪~
「すげぇ〜その曲はなんだ」
後町さんの驚くというより感動したような顔は、他のスタッフたちも同様で怒りじゃなくまた立ち上がっている。
「今、ミオ姉さんの顔を見て思い浮かんだ曲ですよ。どうですカッコいいメロディアスな曲でしょう」
(ウソです。ガガ様ごめんなさい)
更に俺はもう一曲スローテンポナンバーを披露すると、
♪~
ミオが俺の横に立ちハミングで合わせてきた。そして曲が終わると大きな拍手が起きた。
「ミオ姉さんが唄う極上のメロディアスな曲は無尽蔵に僕から生まれるんです。ですからメロディアスな曲が必要なら言ってくださいよ、いくらでも用意しますから。ですから、In The Eveningだけは、後町さん、当初の予定通りお願いしますよ。じゃないと僕は今後おたくとは関わらない」
俺は自分が小学生であるのを忘れて、強気な発言をしてしまう。ふりをした。
が、生意気過ぎを反省するかのように、
「すみませんでした、偉そうなことを言って」
深々と頭をさげて、スタジオをあとにした。
あとを慌てて追ってきたのは、鳴門さんとまだ再会の挨拶もしていなかったミオ姉さんだった。
電話で毎晩、話すうちにいつのまにか、「ミオ姉さん」と呼ぶようになっていた俺、再会を抱き合って祝した。キスまでしてくれる。(頬)
「翔、凄い曲ね、あれ私が唄ってもいいの。にしてもあれは言い過ぎよ」
心配顔のミオ姉さん。
「そうだぞ健司の顔を潰したぞ。にしてもいい曲だったな、あれ」
鳴門さんもガガ様を気に入ったようだが、ミオ姉と違って笑っている。
ここで後町さんも追いついてきた。
「すまんな下手な芝居させて、これであいつらにもわかったろう、俺の言い分の正しさと翔の偉大さが」
ここでの出来事、すべて後町さんと鳴門さんとの打ち合わせ通りの猿芝居だったのだ。こうでもしないと物わかりの悪い頭の固い連中を納得させる事ができないと思った後町さんの考えだ。
そうと知って笑うミオ姉さんだったが、後町さんはそれでも心配顔を崩さない。
どうしてこんな猿芝居が必要だったかと言うと、番組制作スタッフやスポンサーの担当者に後町論を通すためのもので、即ち当初の予定通りのアレンジでシングルカットするためだ。
予定外もある。俺が披露したガガ様の曲二つだ。
「あの曲を売ってくれ、すぐに使いたい」
とは後町発言だったが、
「あれは私が唄うのよ」
ミオ姉もすぐに反撃してくる。
そこで俺は二人の間を取り持つように、
「闇営業はしません、事務所を通してください」
と鳴門さんに全てを委ねミオ姉の手を引いてピアノの前に戻った。そしてさっきのガガ様を日本語の歌詞を渡して軽いセッションを開始した。
これも実は予定通りで、俺の実力をここにいるものたちに見せつけるデモンストレーションだ。
お気軽に凄い曲を簡単に仕上げる天才ミュージシャンの。
◆
「さて、ここでの用はすんだ。次は事務所に移動だ。今後のことでミーティングをしたい。遠藤監督対策についても最終協議をしたいし、翔に会いたがっている子もいるし、昼飯食ってから移動だ」
俺はここでスタジオ近くの蕎麦屋満留賀に案内され昼食をすませると、(美味い!)ケラウズランブラの前身事務所を訪れた。
俺の時代には六本木ヒルズだったが、この当時は渋谷の雑居ビルにあった。
(ああ懐かしい匂いだ)
神保町のスポーツモーニング編集部を思い出す。
そこで俺を待っていたのはウェーブかかった髪型と制服姿が似合った女子高生、貴家楓、未来の大女優だった。
「こんにちは、初めまして、貴家楓ともうします」
「あっはじめまして、加羅翔介です。宜しく」
どうやら彼女は、またネコの忙しい撮影スケジュールを調整して俺に会うためだけに待っていたらしい。
「加羅君は私の恩人です」
彼女はいきなりそう言うと俺に頭をさげた。
(なるほど、そういうことか・・・)
俺はあいにく女子高生に興味がない。
俺の大学時代のバンドメイトだった岡本史樹は開業医の息子で、俺のカノジョを笑った。「ナース服に欲情する男の気がしれん」とだ。
俺の当時のカノジョは、犬好き藤村咲子はショートボブのナースだった。
俺は反撃する。「女高生の制服姿に欲情する奴の気がしれん」史樹は女子高生好きで、あの江戸時代の火消し装束をモチーフにしたセーラー服をトレードマークにしたAKR47ファンだった。
こいつから俺は、『推し』『神7』など専門用語を教わったんだ。
俺は姉二人の影響で女子高生に夢がなく制服嫌いで、史樹は実家の影響でナースにロマンを感じない白衣嫌いで、互いの趣味の罵り合いは茶万事だった。
という事で、俺は貴家楓と固い握手をしたのちは、それほど彼女に関心があるわけでなく、さっそく明日の遠藤監督に聴かせるテーマ曲を事務所にあるキーボードで披露した。
♪~
この曲は難しい。
左手で伴奏だけでなく強調できないリズムをほのかに感じさせる程度にバッキングを刻みながら右手で和旋律のメロディーを弾くわけだが、なんせ遠藤作品『音曲の神様』は鎌倉時代の話で今どきの曲調でいいわけがない。
それでも最終コンペに残れたのは、俺が選んだ未来作品からそれ風を見つけ出してのアレンジが認められたからだ。
どう転んだか、俺の奏で出したなんとも日本情緒あふれた曲に貴家楓が手を叩いて大喜びしている。
「凄くいい曲ですね。私、感動しました」
どこか美弥子くささを思わせるこの楓さん、本当に喜んだ証拠に俺の側にきて、
「今の曲のタイトルはなんですか」
なんて聞いてくる。
(うん、この女もしかして曲者?)
美弥子と同種を思ってしまう俺だった。
このアプローチ、普通の小五男子ならクラクラ眩暈がくるところだが、あいにく俺はとにかく小便臭い女は好みじゃないので、
「曲名は決めていませんし、曲として完成するかどうかも明日次第な曲です」
そっけなく対応した。
「だったら、春惜しむなんてどうですか」
「えっ、春惜しむ?」
たしかに、この曲は劇中で主人公の笙奏者、北畠親房が、冒頭の管弦講(音楽祭)で満開の桜の下で奏でる曲で俺が、去り行く桜の季節を思い浮かべて探し出した曲のアレンジだ。
「そんなふうに聴こえたんですけど・・・」
驚いた!この貴家楓、さすがに未来の大女優だ、感受性が豊なんだ。美弥子似の発言撤回しますm(__)m
「いいですね。春惜しむですか、だったらもう少し気品があった方がいいですね」
俺は少しばかりコードを変えて気品をもたらした風を弾き直すと、
「本当だ、仏様の顔が浮かびましたよ。百済観音ですね」
(こいつ、俺と同じ発想しやがった。恐るべし・・・)
俺は、驚きを隠し、シレっと、
「ですね」
なんて格好をつけて言って、口草んでやった。
「春惜しむ おんすがたこそ とこしなへ」
これを聞いて楓ちゃん、涙一つを流す。
「やっぱり加羅さんは北原秋桜子を思い浮かべてアレンジしたんですね」
ずぼしが心臓をえぐった。
(スンゲェ〜この女!リクの手本にならんかな)
俺は、そんな事を真っ先に思った。
「ええそうですよ、なんでも音曲の神様に出てくる女神様は百済観音のような微笑みを持ってらっしゃるとか」
作中の抜粋を知ったげに語る俺。
「そうなんですか、私は読んだことないですけど、上映前に読んだ方がよさそうですね。さっそく買いますね」
女子高生というよりは木村佐和子を思わせる微笑みに大人を感じた。
「よかったらこれを、多少落書きありですけど」
俺は、もう読み終えた『音曲の神様』をカバンから取り出し彼女に渡した。
(この子、女優だけじゃなくモデルとしても成功するんだったな。なんせティーン・エンジェルの読者モデルだもんな)
少しばかり興味をもってあらためてその姿を見たが、ション臭さからランクインには微妙に届かない。
「ありがとう、加羅さん、ちゃんと読みますね」
結局、俺は、この曲を翌日、遠藤監督をはじめ映画制作関係者に彼女のままを披露して『春惜しむ』とタイトルした。
感動隠さない拍手は遠藤監督。それに倣うスタッフ一同の称賛の嵐。さすがの俺もクールではいられず笑顔で応じてしまった。
そして即答で、ライバルあの万里生友一を破って俺の作品群が採用されたのだ。もちろん、様々な場面での効果音的なものまで審査されたが、他の曲も含めて俺が圧勝だった。
「若さゆえのエネルギーの違いだけではすまされない才能の差をしっかり感じたよ」
とは監督自らの声で、汗をかきながら現れた主人公、北畠親房を演じる主演俳優の真壁隼斗君(24)は、
「演じる上で励みになる曲をありがとう」
そう言って俺の手を取り固く握手した後に、「愛聴したい」とデモの持ち帰りを懇願してきた。そこで俺は、バーターでこのポスターで散々見てきた隼斗君に寛美姉さんのために、
「うちの姉が真壁さんの大大大ファンなんです」
ウソでない事を言って、その姉のファンぶりまで解説しながらサインもらったのだ。※寛美さんへ付
そんなかんやで、この場で親しんでしまった人気俳優と監督は、俺に突如として無理難題をふっかけてきた。
もう俺を試すのではなく相談として、いろんなシーンでの漠然としたイメージだけを伝えて曲の構成を委ねてきたのだ。
こうなると前もって用意していた曲は何の役にもたたない。完全にこの場でのアドリブ勝負という事になるが、俺はこれまで積み重ねてきたものを惜しげもなく披露してリクエストに応えてやったのだ。
完全なオリジナル勝負だったが、
「どうしてこうも自由自在にイメージ通りの曲を即興で作れるんだ」
ここでも監督自らの最大の賞賛を受けた俺だった。
コンペ後は遠藤監督と隼人君に挟まれて記念撮影をしてもらい、そして最後に、
「この子の年齢や性別は事務所の方針でシークレットにしますので、口外はしないようにお願いします」
鳴門さんからの目黒スタジオに続く呼びかけがあった。
この件に関しては遠藤監督からも注意喚起がありスタッフ間に徹底された。
(こんなんで俺の秘密が守られるのか?)
俺の疑問を察した鳴門さんは、
「このぐらいが丁度いいんだよ」
そう語った。
根拠は、秘密を徹底するとかえってその情報が金を生み漏れるといい、ルーズな口頭喚起程度だと漏れたとしても事務所サイドが認めない限り噂にしかならないという事らしい。
(なるほどな)
新たな知識だった。
「こうやって意図的に都市伝説を作る宣伝方法もあるんだぞ」
そんな事まで教えてくれた。
「それに誰が信じる?あの遠藤監督作品のサウンド担当が小学生なんて」
「確かにそうですね、園田翔は11歳なんて信じてもらえませんね」
自信過剰とも勘違いされかねない台詞だったけど笑い声が重なった。
東京では、「天才児来る」と鳴門さん関係者と、後町さんの関係者に囲まれて食事会も含めて夜遅くまで忙しかった。
「ふへっ~こりゃうまいわ」
ホテルの部屋は味気ないシングルルームだったけど、冷えたビールが俺に心地よい睡眠をくれた。(一番搾りはない 涙)
最終日も朝から帰り際まで道玄坂のスタジオで新たな曲のセッションも行われ、用意した曲の全てのお買い上げが決まり、東京に来た甲斐はあったというもんだ。
そして予想外の出来事が最後にあった。
最終の新幹線に乗るために東京駅のホームで一人待っていると、ハイヒール音を鳴らしてまで走って見送りに来てくれたのは大人の装いがいい感じの貴家楓だった。
「ゆっくりお話ができなかったけど、本当に加羅さんには感謝しています。私、女優になりたかったんです」
頭をまたさげてきた。
「心配しなくても楓さんは将来大女優ですよ。僕は知っているんです」
そう応え、「翔」呼びを許可し連絡先を交換して別れた。
いつまでも走って手を振って見送ってくれる貴家楓の窓越しの姿がとても印象的に俺の脳裏に残った。




