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5.分かたれた道

第一話 水晶花のかけら メルの嫁ぐ村の名前を変更しました。

 何事かと思った。



 メルが騒ぎに気づいたのは、赤小麦の収穫を終えて、今日の分の割り当てをもらい、畑から帰ろうとした時だった。夕闇が迫っていた。一日の働きで疲れていたが、それでも少しの喜びと達成感があった。成人した事で、人間として見てもらえるようになった。割り当てがきちんともらえるのだ。

 家を持たぬ子ども(ラッタ)は、人として見てもらえない。成人してそれが、良く分かるようになった。みな口では、家を持たぬ者に慈悲を示さねばと言う。けれどそれを実行している者は、あまりいなかった。渡されるはずの割り当ては、平気でかすめ取られている。文句を言いたくても、ラッタの身分では何か言う事もできない。そうしていつも、汚いものを見る目で見られる。

 それでも昔よりは、ラッタの扱いは良くなっているらしい。ジョー・マ・コに聞いた話では、昔はラッタは売り物も同然で、ラッタ出身の者も、労働力として売られたのだそうだ。今は、カン・マにより、ラッタを売り買いする者は厳罰に処される。ラッタ出身の成人も、村の一員として扱われるようになっている。

 待遇は良いとは言えないが。

 腕についた傷をさすった。嫌がらせで後ろから突き飛ばされ、持っていた鎌で切ってしまったのだ。幸い深手ではなかったが、突き飛ばした者たちからは、『なんて不器用な』とささやかれ、嘲られた。

 ラッタの群れで育った者は、成人してからも何かと見下される事が多かった。そうして、何かあれば、暴力をともなった嫌がらせを受ける。

 良い働きを見せれば、生意気だと言われて殴られる。人前で評価されれば、良い気になるなと言われ、借りている鎌や鋤といった道具を壊される。命の危険を感じた事もあった。

 婚姻が決まってから、目立った嫌がらせは減ったが、今日のような、突き飛ばされたり蹴られたりといった嫌がらせはなくならなかった。

 それでも自分は成人している。働いて、一日の割り当てを、手に入れる事ができる。

 メルはちら、と背後を見やった。畑の中に、落ち穂を探す、痩せた子どもたちの姿が見えた。

 麦を刈り取って束ねる作業の途中でこぼれた落ち穂は、ラッタの群れの者が食べて良いことになっている。だから収穫をしながら、彼らが落ち穂を拾えるように、こぼしておいた。あまりあからさまにすると叱られるので、あくまで少しだが。

 自分の後ろを、食い入るように見つめている子どもの姿があるのには気づいていた。

 自分もそうだったからだ。

 優しい人の後ろには、落ち穂が良くある。だからできるだけ、そういう人の後をついて回るようにした。そうして、一日の食事をどうにか確保した。

 そういう優しい人はなぜか、ほとんどが、かつかつの暮らしをしている人たちだった。自分も飢えたことがあるからだろうか。痩せた子どもがそっと隠れているのを見つけても、追い払うこともなく。拾えと言わんばかりに落ち穂をこぼす。逆に裕福なものは、うっとおしいとか邪魔だとか言って、ラッタの子どもを見つけ次第、棒で叩いて追い払うのが常だった。

 畑をうろつく子どもの姿にいつも通りと思ったが、そこでふと眉をひそめた。イルの姿がない。


(どうしたのだろう)


 いつもなら、自分の割り当てられた畑の近くで、落ち穂を拾ったり、羊の毛を集めているのに。あの子は意志が強く頑固で、けれど優しい。弱い者、しいたげられている者のために、泥をかぶることも厭わない。集めた落ち穂も、弱い群れの子どもに分けてやっている。

 だからいつも、お腹をすかせている。

 なぜだろうと、いつも思う。なぜラッタの群れに、十分な食料が行き渡らないのか。家付きの子どもたちには、捨てるほどに与えられているのに。

 なぜ弱く幼いもののために、自分の食料を分けているイルは罪深い怠け者と呼ばれるのか。おのれの分け前を多くするために、ラッタに渡す食料を減らす差配者たちは、正しい者と呼ばれているのに。

 ずっと疑問だった。成人し、村の一員と見なされるようになってからも、この疑問は胸の奥でくすぶり続けていた。


『メル、チャミかわいいひと。君は疑問ばかりだね。どうしてそうも、不思議がってばかりなの?』


 友人であるケナは、呆れたように言った。長カン・マの家つきの子どもビラウではあったが、父親が第二の夫であったケナは、肩身の狭い立場にあった。ケナの父ザイ・マ・コは、他の夫たちと違い、貧しい家出身で、後ろ楯を持たない人物だったからだ。「マ」の音が示すように、一度別の者と婚姻を結び、母として子をなしている。カン・マとは二度目の結婚という事実も、立場を弱くした。

 父親の立場が弱いためか、子どものころからケナは、貧しい家の者たちと一緒に働いていた。メルとは血筋が近かったこともあり、小さな時から顔見知りだった。メルの母親が、ザイ・マ・コの最初の子どもだったからだ。メルの両親が亡くなった後、ザイ・マ・コはメルを引き取ろうとしたが、他の夫たちからの嫌がらせで、メルはラッタの群れに入れられた。ケナはよく、ラッタの群れにいるメルのために、古着や食べものをこっそりと持ってきてくれた。


『君の言うのは、当り前の事ばかりじゃないか、チャミ。不思議に思うのは、おかしくないかい』

『どうして当り前だと思うの』

『ずっとそうしてきたからさ』

『誰が決めたの。あたしにはわからない。飢えていたのに自分の拾った落ち穂を小さな子に分けてやったイルの方が、見下した目でパンを投げて寄越したギレ・クよりも、正しい者に見える。ケナ。あたしたちが正しいと、当り前だと言っていることは、本当に正しく、当り前のことなの?』

『じゃあ、メルはどうしたいの』

『わからない。でも、考えたい。どうすれば、何をすれば、一番良い道に進めるのか。誰にとっても良い方法はあるのか。それは、何なのか。あたしは、考えたいのよ』


 ケナはううん、とうなった。けれどやがて、メルの言葉に次第に引き込まれたようだった。二人はよく、夜遅くまで話し合った。

 彼女が成人し、ケナ・ムーとなった時。メルは結婚を申し込まれた。いつか、一緒になってもらいたいと。

 その夢は、ケナが長の後継者に選ばれた時についえたが。ただでさえ立場の弱いケナが、村の長の後継者の立場をしっかりとさせるためには、ラッタ出身の連れ合いなど、いてはならなかった。隣に立つのは名家の、家付きの息子でなければならなかった。

 別れはメルから言った。ケナは何も言わなかった。

 その後でメルに、ハイロの村から婚姻の申し入れがあったのは、皮肉な事だった。ハイロは開拓によってできた、歴史の浅い村だったが、急速に力を増してきた村でもあった。ラッタ出身でもかまわないと、その村の裕福な家から打診があったのだ。メルはそれを受けた。

 ケナは、ただ目を伏せていた。



 広場に集まっている人々を見て、不審に思った。近づくと、ケナがいた。強張った顔で中心にいる者を見つめている。カン・マに良く似た灰色の髪に、赤みを帯びた褐色の肌。


「ケナ? 何があったの」


 声をかけると振り向き、メルに気づくと急いで近寄ってきた。常には優しい黄褐色の瞳が、焦燥に揺れている。


「メル。家に戻れ」

「なぜ。これはなんの騒ぎ……」

「良いから。関わるな」


 ケナがそう言った時、「いい加減に、わたくしのものを返しなさい!」という金切り声が聞こえた。


「おまえの盗んだ水晶花は、わたくしが見つけたものよ。ラッタの触れて良いものではないわ。お返し!」


 ラニ、とメルはつぶやいた。誰かにまた難癖をつけているのか。そこで聞こえてきた声に、メルはぎくりとした。


「これはあたしが見つけたもの」


 意志の強さをひそめた声。良く知った者の。


「あたしが探してきたものよ。あんたは、これがどこにあったかすら知らない」

「イル……!?」


 慌てて人込みをかき分けようとしたが、ケナに腕をつかまれた。


「だめだ、メル。君は、じきに婚姻を結び、家を継ぐ身だ。騒ぎに巻き込まれるんじゃない」


 小声で言われた事に、メルはかっとなった。


「イルはあたしの妹分よ。それを見捨てろって言うの!」


 ケナの腕を振りほどこうとした時、「このラッタが!」と叫ぶラニの声がした。続いて、ばしっ、という音。

 イルがぶたれたのだ。


「離して、ケナ」

「離さない! メル、チャミ、君はやっと、幸せになれる所なんだ。幸せにならなきゃならないんだよ」


 どこか悲痛なものを秘めた声に、メルはケナを見やった。幼なじみで、かつて一緒になろうと約束をした、そうして別れを告げた相手を。


「あたしに傷はつかない」


 はっきりと、一言一言を区切るようにして、メルは言った。


「ラニがどんな人間か、知っているでしょう、ケナ。あんたこそが、知ってるはずよ。身近にいて、標的にされてきた、あんたなら。あたしは妹を助ける。その行為をどれだけ嘲られようと、おとしめられようと。あたしに傷はつかない。むしろ誇りに思う」

「メル、」


 何か言おうとした相手をさえぎり、メルはきっぱりとした態度で言った。


「その手を離しなさい、ケナ・ムー。あんたの思惑で、あたしの誇りを汚さないで」


 ケナの目に、傷ついた色が浮かんだ。

 優しい人なのだ。

 腕の力が弱まったのを感じながら、メルは思った。この人は、優しい。

 共にいたかった。

 共に年を取り、子どもや孫の名前を呼んで。貧しくともそれなりの暮らしをしたかった。そんな夢を見た。

 でも。

 力の抜けたケナの腕に手を添えて外すと、メルは前を向いた。一歩を踏み出す。

 夢は、終わった。

 あたしたちの道は、もう別れてしまっている。

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