4.罪
遅れました……雪がすごいです、今。
沈黙があった。イルにはその沈黙は長く感じられたが、実際にはさほどの間ではなかった。
「厚かましい」
冷やかに言う声があった。ソル・コがイルを睨み付けていた。
「盗みを働いただけでなく、長の血筋であると名乗るとは。恥を知らぬにも程があろう。そう言い立てる事で、己が罪を逃れようとでも思うておるのか」
冷たい瞳の奥には、憎しみの陰りがあった。
「本当に。さて。ハイ・コとは何者であったやら。まこと長の夫であったのか?」
ソル・コの取り巻きの一人、ギレ・クが嘲るような笑い声を上げた。顔だちは美しいが、醜い表情をしていた。相手を貶めてやろうとの、思惑に満ちた顔。
「覚えているか、サリ・ク?」
同じく取り巻きである男に声をかけると、尖った顎をしたサリ・クが、厭味な笑顔を浮かべた。
「いたのか? そのような者。血筋卑しく、心根も貧しい男など、いちいち覚えてなどおれぬ。長も、われらもな」
「生まれた子どもの卑しさを見れば、父親がどれほどの者だったかわかるというもの」
アレ・マの声には嘲りがまぶされていた。
「取るに足りぬ者と、すぐにも知れる」
テマ・コがそれを受けて、低く笑った。ラニも優越感を瞳に滲ませ、にやにやしながら、こちらを見ている。
「卑しきラッタ」
「血筋の知れぬ」
「恥知らずの」
「盗みをしでかして」
「あれ、あの姿を見よ」
「まこと、卑しき姿」
「薄汚く、みっともない」
「心根のごとく卑しい」
そうした言葉はさらに続き、イルの周囲で嘲り笑いと共に広がった。何事かと集まってきた他の村人たちも、薄汚れ、ぼろをまとうラッタが、長や血筋古き者たちの前に立っている姿を見ると、目をそらし、愚かなことを、とつぶやいた。たかが一介のラッタが、家付きの娘や息子たちに逆らうなど。愚かなことを。言われるままに頭を下げてさえいれば、何事もなく無事に過ごせただろうに。なんと愚かなラッタなのだ、と。
「和を乱しおって」
「迷惑な話だ」
「もっと早い内に、鞭で打って躾けておけば良かったのだ。そうすればこんな、大それた事などしなかったろうに」
そのようなつぶやきが、村人たちの間からは起こった。ラッタとは取るに足りぬ者。村の中でも最も力なく、まかり間違えても権力を持つ者たちに逆らってはならぬ者。それが村の常識であり、この世界の常識でもあったからだ。
「あれは盗みをする。羊の毛をくすねた。われらの財産を」
「知っているぞ。ラッタに羊の毛の割り当てはない」
「それなのに、毛糸を紡いでおった。盗んだのだ」
「手癖の悪い……」
「パンを盗んだ」
「毛布を盗まれたと、わめくものを見たぞ」
「感謝の日に山に行って、食べものを取っておった」
「罰当たりな」
「祈りもせずに、遊び呆けて」
「性根の腐った者は、どうしようもない」
尖った視線と悪口が、周り中から浴びせられる。それでもイルは、顔を上げていた。決して、伏せようとはしなかった。黙って長を見上げていた。
恥じる事などない。
自分には、恥じる事などない。
生きるために、多少の悪さはした。ラッタの群れに渡される食料や衣服は、何かあればすぐに切り詰められ、減らされる。家のない者の群れ、しかも子どもの群れに渡すものだ。差配するものの都合や悪意で、どうとでもされてしまう。ラッタの群れの子どもたちはいつも、生き延びるために目を光らせ、食べものを探し、毛布や衣服といった、生活に必要なものを漁らねばならなかった。
落ちた羊の毛を集めて毛糸を紡ぐのは、ラッタには良くあることだ。毛布をくすねたこともあった。ラッタの群れに渡されるはずだった古着や毛布がある年、名のある家の息子や娘たちの善行を示すために、よその村々に配られたからだ。あの年、凍えて、群れの子どもが三人死んだ。
聖人と女神の日に感謝をせずに、野山に行って山菜や果実を摘んだ。ずっと飢えていた。自分も飢えていたが、同じ群れにいる子どもが熱を出し、けれど食べるものが何もなかった時。何でも良いから、何か食べさせてやりたいと思った。あの年は、祭りに備えて食料を切り詰めようと誰かが言い出して、なぜかラッタの群れに渡されるはずの食料が半分以下にされた。家付きの子どもたちの食料は、そのままだったのに。なまけてばかり、盗みばかりの子どもには、罰になるからちょうど良いだろうと言われた。やせ細り、目ばかりが大きくなったその子を見て、どうにかしなければと思った。食べものをくれと頼みに行ったら、殴られて追い払われた。古くなって捨ててあった食料を漁ろうとしたら、盗みをしたと叫ばれた。だから祈りの日だったが、決まりを破った。野山に行き、食べものを探したのだ。
罪だと言うのなら、認めよう。
神々が罰を与えると言うのなら、受けよう。
ひざまづけと言うのなら、そうする。はいつくばれと言うのなら、そうする。それで、食べ物や古着が手に入るなら。
けれど。
この水晶花のかけらを見つけたのは、自分だ。メルのために、半日かけて探して見つけたのだ。
それだけは、はっきりと言える。
だから、今。この時。顔を伏せ、うなだれるなんて真似は……、絶対にしたくない。
「いい加減に、わたくしのものを返しなさい!」
人々の嘲りに力を得たのか、ラニが大声を張り上げた。
「おまえの盗んだ水晶花は、わたくしが見つけたものよ。ラッタの触れて良いものではないわ。お返し!」
「これはあたしが見つけたもの。あたしが探してきたものよ。あんたは、これがどこにあったかすら知らない」
イルは言い返した。
「このラッタが!」
怒りに顔をゆがめたラニが、いきなり飛び出し、駆け寄ってきた。そうして手を振り上げ、思い切りイルを引っぱたいた。周囲から、わっと声が上がった。笑い声が聞こえた。よくやったという声もあった。
衝撃に目がちかちかして、ひっくり返りそうになったが、イルはふんばった。倒れたりするものか。
「水晶花をおよこし! あたしのものをよこすのよ!」
「あんたのじゃない」
イルは繰り返した。
「これは、あんたのものじゃない」
きっとまなじりをつり上げたラニが、もう一度手を振り上げる。やって来る痛みを覚悟して、イルは身構えた。
けれど、その手は振り下ろされはしなかった。
「やめよ!」
人々を黙らせ、思わず居住まいを正してしまわせるほどの、威厳ある声が。ドナの村の長であり、裁きをも司るカン・マの声が。その場に響いたからだ。




