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シグナリア  作者: もへもへーぬ
第1部ー紋章の継承者ー
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第4章ー抗えない格差と出会いー

息が荒い。


森の中を、京慈は走っていた。


枝が顔を掠め、土が跳ねる。


(追われてる……?)


いや、違う。


“追われている感覚”すら曖昧だった。


気配が軽すぎる。


なのに、確実に背後にいる。


「……くそっ」


数ヶ月間、魔物と戦ってきた。


ギルドに出る小型の魔物なら問題ない。


あの類人猿魔物ですら、単体なら勝てる自信がある。


(負けるわけがない)


そう思っていた。


だから――


森を抜けた瞬間、京慈は足を止めた。


「……は?」


前に、ヤツいる。


さっきまで背後にいたはずの気配が、そこにある。


回り込まれていた。


逃げ道はない。


「遅かったな」


紫髪の男が立っていた。


ウルフのように跳ねた髪。


黄金の瞳。


黒い手袋。


紫のネクタイ。


スーツ姿のまま、まるで散歩していたようにそこに立っている。


身長は京慈より少し高い程度。


だが――圧が違う。


「……何のつもりだ」


京慈は剣を抜く。


「拉致か?それとも処刑か?」


男は軽く肩をすくめた。


「先ほど車内でも言ったが、危害を加えるつもりはない。」


その言葉が、逆に不気味だった。


京慈は踏み込む。


(いける)


今まで通りだ。


魔物より速く、魔物より強く。


――そう思っていた。


一撃。


二撃。


三撃。


しかし。


当たらない。


正確には――


“当たっているのに、届いていない感覚”。


剣が通らない。


受け流される。


避けられているのではない。


“ずらされている”。


(なんだこれ……?)


理解が追いつかない。


距離はある。


速度も出ている。


それなのに、まるで最初からそこに何もなかったように逸れていく。


「……攻撃はそれで終わりか?」


男が言う。


「っ!」


京慈はさらに踏み込む。


「でいやぁぁぁぁ!」


全力。


それでも――


届かない。


「おかしいだろ……!」


焦りが出る。


今までの戦いは“通用していた”。


魔物も、人間も、押し切れた。


だがこれは違う。


理屈が崩れている。


「来ないのか?」


男が小さく首を傾けた。


その瞬間だった。


視界が揺れた。


――意識が落ちる。


抵抗する間もない。


(……なに……)


最後に見えたのは、何も変わらない男の顔だった。


次に目を開けたとき、京慈は車の中にいた。


「おー、気づいたか」


軽い声。


男が隣に座っていた。


両手、両足は拘束されている。


だが、痛みはない。


体も動く。


(……殺す気はない?)


京慈はすぐに状況を確認する。


「俺をどうする気だ」


「何もしない。何度も言わせるな。」


即答だった。


「暴れないように、そして逃げないように拘束してるだけ。それだけだ」


「信用できるとでも?」

京慈はにらみながら言う。


「できるかできない、するしないは自由だ」


男は窓の外を見たまま言う。


京慈は一瞬だけ黙る。


(少なくとも、痛めつけられてはいない)


腕も折れていない。


刃も入っていない。


さっきの戦闘以外の痛みはない。


それが逆に不気味だった。


しばらくして。


「まもなく着くぞ」


男が言う。


窓の外に広がる景色が変わる。


森ではない。


石造りの建物。


整備された道路。


そして――


窓から見える景色はどこを見ても大都会。


宮殿が見える。


宮殿があるのは王都の中央区。

国の中心であり貴族街。


「……は?」


京慈の声が漏れる。


明らかに格が違う。


空気も、人の気配も、建物の密度も。


(ここ……王都の中心か?)


孤児院やギルドのある街とは別世界だった。


その時、男が言った。


「お前を引き取ったのは、オーセンという老人じゃない」


京慈は顔を向ける。


「私たちだ」


「……私…たち?」


男は軽く笑う。


「そう…我々…九識家がお前を引き取った。」


その言葉に、京慈の記憶が引っかかる。


(……聞いたことがある)


王国の貴族体系の外側。


だが、実質的には最も経済力を持つ一族。


国家の意思ですら無視できない存在。


「九識家って……あの?」


「そうだ」


男はあっさり頷く。


「貴族より上、と言われることもある国内の名門名家」


(なんでそんな連中が……俺を?)


意味が分からない。


理解が追いつかない。


車は止まる。


視界の先には屋敷があった。


(……でかい)


その一言に尽きる。


城ではない。


だが、城よりも“異常に整っている”。


無駄がない。


なのに、圧倒的な存在感。


「降りるぞ」


男は京慈を拘束している縄を結び片手で持ち上げる。


「ちょ、おい――」


「暴れるなよ」


まるで荷物だった。


大広間とかかれた部屋の扉が開く。


視線が集まる。


そこにいたのは、八人の男女。


まず目に入ったのは、赤髪の短髪でがたいのいい男。腕を組み、面白そうにこちらを見ている。


その隣には、黄色の長い髪を整えた女性。背筋が伸び、その場の空気を自然と引き締めていた。


少し離れた位置。


水色の無造作な髪の男が、気だるげに壁にもたれている。


青髪の男は姿勢よく座り、無言で京慈を観察していた。


緑髪の女性が、興味ありげに一歩前に出る。距離が近い。


その後ろ、白髪の男が無表情のまま立っていた。


さらに奥。


長いオレンジ髪の女性が、無機質な視線で状況を見ている。

ピンクの長い髪を揺らす少女が、ぱっと笑った。


年齢も、雰囲気も、バラバラ。


ただ一つ共通しているのは――


“普通じゃない”という圧。


空気が重い。


誰も喋らない。


ただ紫髪の男と、荷物のように持たれている京慈見ている。


(…なんだここ、そしてこいつらは…)


背中に冷たいものが走る。


紫髪の男は、軽い調子で言った。


「ただいま〜みんな~!お兄ちゃんが帰ってきたぞ~」


その場違いな明るさに、空気が一瞬だけ歪む。


京慈は思う。


(本当に、ここは……なんなんだ)


敵か、それとも味方か。


それすら分からない。


ただ一つだけ確かなのは――


もう、”俺に選択権はない”ということだった。

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