第35章ー失敗作ー
薄暗い通路を、京慈とカナムは無言で進んでいた。
芳骨島地下施設。
外の戦闘音はほとんど届かない。
代わりに聞こえるのは、機械音とどこか湿った空気の流れる音だけだった。
「……妙だな」
カナムが低く呟く。
京慈が周囲を見回した。
「敵、いませんね」
「ああ。静かすぎる」
カナムは壁へ視線を向ける。
焼け跡や爪痕、何かを無理やり運び出したような跡。
「撤収準備済みか……」
その時りすずの声が通信機から聞こえた。
『お兄ちゃん、右奥のとこ。空間構造が少しおかしい。隠し部屋っぽいのがあるかも』
カナムはすぐ右へ曲がる。
突き当たり。
一見ただの壁。
だが、カナムは糸を数本伸ばした。
キィ……と金属音が鳴る。
壁が横へスライドする。
京慈が目を見開く。
「隠し部屋……」
「恐らく本命だ。行くぞ」
2人は中へ入る。
そこはまるで研究資料庫だった。
天井まで埋まる本棚に大量の書類、古い写真に薬品データと人体構造図。
そして紋章の図。
京慈の顔が険しくなる。
「これ全部……紋章研究?」
カナムは無言で資料を読み始める。
京慈も別方向へ向かった。
ページを捲る。
年代、症例、失敗例…死亡記録。
異常な量だった。
「なんだよ……これ……」
その時一冊のファイルが目に入る。
《適合計画》
京慈が眉をひそめる。
ファイルを開くとそこに書かれていた文章を見て、息が止まった。
『紋章は選ばれた者だけの力ではない』
『人類全体へ適応可能』
『移植成功率上昇』
『適合個体量産段階へ移行』
京慈の喉が鳴る。
さらにページを捲る。
そこには拘束された人々。
紋章移植と暴走、死亡。
成功、失敗。
全部記録されていた。
「……っ」
拳が震える。
「こんなの……」
その瞬間、最後のページが視界に入る。
京慈の目が見開かれた。
『最終目的』
『紋章の完全普及』
『選ばれた血筋の否定』
『紋章を超える新時代の創造』
京慈が思わず声を上げる。
「カナムさん!!」
カナムが振り返る。
京慈は資料を握りしめたまま言った。
「こいつ……!」
「紋章を全員に使わせようとしてる……!」
一瞬、空気が止まる。
カナムの表情が僅かに変わった。
その時。
パチ、パチ、パチ――
拍手が聞こえる。
2人が同時に振り向く。
入口のところに、グレーの髪の男。
モードが立っていた。
「いやぁ」
「見られちゃったか〜」
困ったように頭を掻く。
だが、目は笑っていない。
京慈が構える。
「モード……!」
モードは肩を竦めた。
「上手く隠してたんだけどなぁ…この部屋」
「まぁ、九識からしたら余裕か…」
カナムが静かに前へ出る。
「そうだな。これらの記録は十分な証拠になる。貴様は終わりだ」
モードはそれを聞いて少しだけ笑った。
「終わり?」
「いや、始まりだよ」
その瞬間。
ズン――
空気が沈む。
京慈が目を見開いた。
奥の壁に佇む巨大な培養槽。
その内側で何かが動いた。
ビキビキビキッ――!!
ガラスが砕け散る。
黒い液体があふれ異形の肉体が姿を見せる。
人のようで人ではない。
複数の紋章光が身体中に浮かんでいた。
京慈が息を呑む。
「……なんだ、あれ」
モードは静かに言う。
「失敗以上」
「最高傑作未満」
化け物が咆哮を上げた。
ドゴォッ!!
床が砕ける。
京慈へ一直線に向かっていく
だが、その瞬間。
無数の糸が広がった。
カナムの糸が化け物の全身へ巻き付いた。
「ッ――!!」
化け物が暴れ床が軋む。
それでも糸は切れない。
カナムは振り返らず言った。
「京慈」
「ヤツを追え」
京慈がハッとする。
モードは既に奥の通路へ歩き出していた。
「でも、カナムさん!」
「行け。私は大丈夫だ」
低い声。
当主の声だった。
「絶対に逃すな」
化け物が再び暴れ糸が軋む。
カナムの黒い手袋から血が滲んだ。
それでもカナムは動かない。
京慈は歯を食いしばる。
そしてモードを追って走り出した。




