第17章ー居場所ー
カナムからめいの滞在許可を貰った後。
京慈は、めいを自室へ連れてきていた。
「……ここ、今の俺の部屋」
扉を開ける。
九識邸の客室とは違う。
生活感のある、自分の部屋。
まだ使い始めて長くはないが、それでも今の京慈にとっては“帰る場所”になり始めていた。
めいは静かに部屋を見回す。
「広……」
「九識家だからな……」
未だに京慈も感覚が麻痺しきっていない。
めいは少しだけ笑った。
その顔を見て、京慈はほんの少し安心する。
さっきまでより、表情が柔らかかった。
「今日はもう休め」
「……うん」
ベッドへ腰を下ろすめい。
その動きは、まだどこか不安定だった。
京慈は少しだけ迷ってから口を開く。
「怖かったよな」
めいの肩が小さく揺れる。
だが、今度は泣かなかった。
代わりに。
「……京慈が来てくれて、よかった。あのままだったら…私…」
小さく。
でも、はっきりと言った。
京慈は少し目を見開く。
めいは俯きながら続けた。
「また京慈に会えるなんて思ってもなかった」
「俺もだよ」
即答だった。
「正直、まだ信じられてない」
めいが孤児院を出てから、ずっと会っていなかった。何ならめいのお別れ会から会ってなかった。
生きてるかも分からなかった。
それが今。
同じ部屋で話している。
不思議な感覚だった。
めいは少しだけ笑う。
「……でも、嬉しい」
京慈も小さく笑った。
「ああ」
短い返事。
それだけで十分だった。
翌朝。
京慈が目を覚ます。
「……ん」
ぼんやりと天井を見る。
そして。
違和感に気づいた。
「……めい?」
部屋にいない。
京慈はすぐ身体を起こす。
嫌な想像が頭をよぎる。
急いで部屋を出る。
廊下。
大広間。
客室。
いない。
「どこ行った……!?」
少し焦り始めた時。
ふわりと匂いがした。
料理の匂い。
京慈はそのまま厨房へ向かう。
そして。
「あ」
そこに、めいはいた。
エプロン姿で。
朝食を作っていた。
「……何してんだ?」
思わず聞く。
めいは振り返る。
「あ、おはよ京慈」
その声は、昨日より少し落ち着いていた。
京慈は少し息を吐く。
「心配したんだけど」
「ごめん」
めいは苦笑する。
「でも、何かしてた方が落ち着くから」
京慈は近づく。
「……大丈夫か?」
「うん」
めいは小さく頷く。
「これくらいなら平気」
その時。
「いい匂いするー」
間延びした声。
らきだった。
続いてかぁりも入ってくる。
「え、誰か作ってる!?」
そして。
二人はめいを見つけた。
「あ」
「おはよ……ございます」
少し緊張した声。
だが。
らきはすぐ笑った。
「おはよー!」
かぁりも興味津々で鍋を覗く。
「すご! 美味しそう!」
そのまま次々に兄妹達が起きてくる。
そらは眠そうな顔で席につき。
あきとは静かに様子を見ている。
りすずも興味津々でめいの作った朝食を見ている。
ぽたは普通に料理を摘み食いしようとしてアスノに叩かれていた。
りゅーいちは席へ座るなり、
「腹減った!」
いつも通りだった。
妙にいつも通りすぎた。
めいは少し戸惑っている。
やがて。
全員分の朝食が並ぶ。
「いただきます」
九人分……いや、今は十人分の声が重なった。
しばらくして。
「……美味いな」
りゅーいちが素直に言う。
「ほんとだねー」
らきも笑う。
かぁりは目を輝かせていた。
「めっちゃ美味しい!」
めいは少し困ったように笑う。
「……ありがとうございます」
だが、次の言葉は、どこか自嘲気味だった。
「でも、これくらいしかできないので」
空気が少し止まる。
めいは俯いたまま続けた。
「置いてもらってるのに、何もしない訳にはいかないから……」
その言葉にらきがすぐ反応した。
「そんなことないよ?」
全員頷く。
「うんうん!」
だが。
めいは少し慌てる。
「でも、私――」
「卑下するな」
低い声。
りゅーいちだった。
めいが驚いて顔を上げる。
りゅーいちは腕を組みながら言う。
「できることやっている。それだけで十分だ。」
「……」
「ならそれで十分だ」
真っ直ぐだった。
めいは少し困ったような顔をする。
どう返していいか分からない。
そんな空気の中。
「朝から騒がしいな」
声がした。
カナムだった。
少し遅れて大広間へ入ってくる。
兄妹達が軽く視線を向ける。
カナムはそのまま席につき。
静かにめいを見る。
「昨晩、京慈から話は聞いた」
めいの肩が少し強張る。
カナムは続けた。
「その後、兄妹で少し話し合った」
京慈が少し目を向ける。
「昨日、“保護”という形を取ったのには理由がある」
静かな声だった。
「家族として受け入れる、と簡単に言えば」
黄金の瞳が、めいを見る。
「君が、失ったものを軽く扱ってしまう可能性があった」
めいの目が少し揺れる。
「前の家族を否定することにもなりかねない」
誰も口を挟まない。
カナムは続ける。
「だから、判断は君自身に委ねることにした」
「……え?」
「ここに居たいなら居ればいい」
「出たいなら止めない」
静かに。
だが、はっきりと言う。
「どうしたいかは、君次第だ」
めいは言葉を失う。
すぐには答えられなかった。
少しだけ俯く。
そして。
「……少し、時間をください」
小さな声だった。
カナムは静かに頷く。
「構わない」
めいは立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
そう言って。
ゆっくり大広間を出ていく。
向かった先は。
京慈の部屋だった。
扉が閉まる。
静寂。
その後。
「真面目だねぇ」
そらがぽつりと言う。
「抱え込みそう」
あきとが呟く。
かぁりは少し心配そうだった。
「大丈夫かな……」
りすずは小さく息を吐く。
「ああいうタイプは、無理しやすい」
アスノは静かにお茶を飲みながら言う。
「だからこそ、急がせないのよ」
その時。
京慈が席を立った。
「……俺、行ってきます」
誰も止めなかった。
ただ。
カナムだけが静かに言う。
「京慈」
京慈が振り返る。
カナムは小さく目を細めた。
「支えるのと、背負うのは違う」
短い言葉。
だが。
京慈はその意味を理解した。
「……はい」
そう答えて。
京慈は、自室へ向かった。




