第16章ー保護ー
帰り道。
めいは、ずっと京慈の服を掴んでいた。
離れないように。
置いていかれないように。
そんなふうに見えた。
京慈は歩幅を合わせながら、時折めいの様子を見る。
「……大丈夫か?」
めいは小さく頷く。
けれど顔色は悪い。
泣き疲れているのが分かった。
京慈は視線を落とす。
(……無理もない)
あんな光景を見た直後だ。
平気でいられるわけがない。
九識邸へ着く頃には、空は薄暗くなっていた。
大きな門を抜ける。
広い庭。
巨大な屋敷。
京慈は、そのまま大広間へ向かった。
「とりあえず、ここに座って」
ソファへめいを座らせる。
その時。
「あら」
声がした。
振り向く。
そこにいたのは、アスノだった。
黄色の髪を揺らしながら、こちらを見る。
そして。
めいの様子。
京慈の表情。
服についた汚れ。
それだけで、ある程度察したらしい。
アスノは何も聞かなかった。
ただ静かに頷く。
「少し待ってなさい」
そう言って、その場を離れる。
数分後。
戻ってきたアスノの手には、湯気の立つカップが二つあった。
「ほら」
めいの前へ置く。
「……ありがとうございます」
めいが小さく頭を下げる。
アスノは柔らかく笑った。
「熱いからゆっくり飲みなさい」
めいは両手でカップを持つ。
少しずつ飲む。
震えていた肩が、ほんの少しだけ落ち着いていく。
京慈はその様子を見て、小さく息を吐いた。
すると。
視界の端で、アスノがこちらを見ていた。
そして、軽く目線を動かす。
――行ってきなさい。
そういう意味だと分かった。
京慈は小さく頷く。
「ごめんめい、少しだけ席外す」
「え……」
めいが不安そうに顔を上げる。
京慈はすぐ言葉を続けた。
「大丈夫だよ。すぐ戻るから」
その横で、アスノが静かに言った。
「大丈夫。私がここにいる」
めいは少し迷ってから、小さく頷いた。
京慈は立ち上がる。
向かう先は、一つだった。
当主の間。
扉の前で、一度呼吸を整える。
コンコン。
「空いている」
静かな声。
京慈は部屋へ入った。
カナムは机に向かったまま、書類へ目を通している。
相変わらず忙しそうだった。
「どうした。京慈、珍しいじゃないか。」
京慈は少しだけ言葉を整理する。
そして、口を開いた。
「今日、アヤさんに呼ばれて紋章暴走案件の確認へ行ってきました」
カナムは黙ったまま聞いている。
「現場で暴走していた男は拘束済みでセブンスター財団に引き渡してます。ただ、その場所で被害者が出ていました」
京慈は一瞬だけ言葉を止める。
脳裏に、あの光景が浮かぶ。
「……被害者一家が、全滅してました」
部屋の空気が静かになる。
京慈は続けた。
「その家で、生存者を一人発見しました」
カナムの黄金の瞳が、ゆっくりこちらへ向く。
「孤児院時代の知り合いです」
「名前は?」
「めい、です」
カナムは何も言わない。
ただ聞いている。
京慈は息を整えた。
「行く場所がありません」
「……」
「しばらく、ここへ置いてほしいです」
沈黙。
カナムはすぐには答えなかった。
「理由は」
「紋章事件の被害者です」
京慈は冷静に言葉を選ぶ。
「保護対象として扱えると思います」
カナムは静かに聞いている。
「精神状態も不安定です。今、彼女を一人にするべきじゃないと思います」
「九識家なら安全だと?」
「少なくとも普通の場所よりは」
即答だった。
カナムの視線が細くなる。
「お前は責任を持てるのか」
京慈は迷わなかった。
「持ちます」
短く。
はっきり。
しばらく沈黙が落ちる。
やがて。
カナムが小さく息を吐いた。
「……分かった」
京慈が顔を上げる。
「名目上、“保護”という形にする」
カナムは淡々と言う。
「しばらく九識家で預かる」
「……ありがとうございます」
だが。
カナムは続けた。
「ただし、様子を見る」
その一言で、京慈は意味を理解する。
完全に受け入れたわけではない。
あくまで仮。
保護対象。
確認期間。
九識家としての判断。
京慈は少しだけ唇を結ぶ。
納得できない部分はある。
だが。
拒否されなかっただけ、十分だった。
「……はい」
京慈は頭を下げる。
そして。
静かに部屋を出た。
扉が閉まる。
廊下を歩きながら、京慈は小さく息を吐く。
(……とりあえず)
一歩目は、越えた。




