第14章ー裏側の任務ー
「……裏取引、ですか?」
社員寮の一室。
京慈は、机に置かれた一枚の紙を見つめていた。
向かい側では、アヤが気だるそうに椅子へ座っている。
「そ」
「いや、そんな軽く言う内容じゃないですよね?」
紙には、簡潔にこう書かれていた。
『九識家の裏取引ルートを確認し、全取引先の統計を取り、最も関係が深いとされる取引相手を特定し、連携を強化せよ』
『尚、この任務は九識当主カナムにのみ知られてはならない』
京慈は最後の一文を二度見した。
「いやいやいや」
思わず紙を持ち上げる。
「これ完全に問題あるやつですよね!?」
「あるねー」
アヤは普通に認めた。
「しかもなんでカナムさんだけ秘密なんですか」
「本人いると成立しないから」
意味が分からない。
「カナム以外の九識家の人達には協力頼んでいいから」
「そこも意味分からないんですよ……」
当主以外全員知ってる秘密ってなんだ。
数日後。
京慈は久しぶりに九識邸へ戻っていた。
「おかえり京慈、なんか探し物?」
ソファに寝転がりながら、そらが聞く。
「……えっと」
京慈は一瞬迷った。
(これ、どこまで言っていいんだ……?)
「まぁ大体察してるけど」
りすずが端末から視線も上げずに言う。
「アヤさんからの修業の1種でしょ」
「……はい」
「なら変なの押し付けられてるね」
即断だった。
◆情報収集
最初に協力してくれたのは、りすずだった。
「裏ルート系ならデータかなー」
部屋のモニターに、大量の情報が映る。
取引記録。
資金流動。
匿名コード。
京慈は途中から目が滑り始めていた。
「……多くないですか」
「一応名門名家で、国内トップだし」
りすずは淡々としている。
「表で流せないやつ、結構あるからな。ちなみに当主様のとこにはいくつのデータがあるんだかあたしも知らない」
怖い。でも、りすずのお陰で候補を上げることができた。
次に協力したのは、そら。
「このルートは生きてる」
机いっぱいに広げられた設計図のようなもの。
物流経路。
輸送ルート。
「表向き切れてるけど、地下で繋がってる」
「……分かるんですか?」
「ルート作ったの俺だしね。」
天才側の人間だった。
彼のお陰でいくつか落としていた情報を拾うことができた。
さらに、らき。
「潜入系ならあたしが」
笑いながら帽子を被る。
翌日には別人みたいな姿で戻ってきた。
「確認してきたよー」
「早くないですか!?」
「変装便利だからね」
軽い。
だが持ち帰ってきた情報は本物だった。これでかなり絞ることができた。
アスノは資料整理。
「あんた数字弱いでしょ」
「……否定できません」
「ほら、分類」
机へ大量の書類を置かれる。
完全に仕事だった。
だが。
アスノの整理は異常に分かりやすかった。
「流れを見るの。カナムは小さい利回りも見てるから、癖がわかりやすい。」
黄色の髪を揺らしながら言う。
「単発じゃなく、繋がりで見なさい」
京慈は少しずつ理解していく。
“取引”を見るんじゃない。
“関係”を見る。アスノのお陰で候補が10箇所まで絞れた。
ぽたは静かに情報屋を回っていた。
いつの間にか資料が増えている。候補が増えたように見えたが、過去の統計で九識の関わりについて書かれていた。
りゅーいちとあきとは、
「分析はやってくれてるようだから、兄貴対策は任せておけ」
と言いカナムにばれないよう極秘裏にしてくれた。
かぁりは何故か薬で眠気を消そうとしてきたので京慈は全力で断った。
そして。
全ての情報が、一つへ収束する。
「……ここだ」
京慈はデータを見る。
ある取引先だけ、異様だった。
長い。
深い。
しかも。
九識側からの信頼度が高い。
「ここが、一番関係深い……?」
「多分ね」
りすずが頷く。
「双方がかなり優先してる相手」
京慈は少し息を吐く。
「……連絡、取ります」
返信は、ほぼ即座だった。
『単身で来い』
指定された場所は、王都外れの倉庫街。
どう考えても危険だった。
「……絶対罠ですよね」
誰も否定しなかった。
夜。
京慈は一人で倉庫街へ向かっていた。
静かだ。
風の音だけが響く。
指定場所へ近づく。
その時。
「――」
いた。
真っ黒な格好の人影。
二人。
全身を覆っていて、年齢も性別も分からない。
京慈は慎重に距離を取る。
(……気配がおかしい)
強い。
本能的に分かった。
移動しようとした瞬間。
ガシュッ!!
「っ!?」
ワイヤー。
真横を通過する。
京慈は咄嗟に回避。
だが。
「――遅い」
背後。
いつの間にか、もう一人。
「がっ……!?」
衝撃。
京慈の身体が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
速い。
見えなかった。
京慈は立ち上がる。
だが追撃。
ワイヤー。
蹴り。
挟撃。
完全に追い込まれる。
(まずい……!)
二人が同時に踏み込む。
トドメを刺される。その瞬間。
京慈の中で、何かが切り替わった。
(守れ)
硬化。
ガギィィン!!
二人の攻撃を、硬質化した腕が防ぐ。
衝撃が響く。
だが、止めた。
京慈は息を荒げながら顔を上げる。
すると。
パチ、パチ、パチ。
拍手。
「……え?」
真っ黒な二人が、ゆっくりフードを外す。
そして。
服を脱ぎ捨てた。
現れた顔。
「カナムさん!?それとアヤさん!?」
京慈が固まる。
カナムは少し楽しそうに笑っていた。
「悪くない」
アヤは肩を竦める。
「まぁ、まだ及第点だけど」
京慈は数秒沈黙し。
「……何してるんですか?」
心底疲れた声で言った。
「共同任務だ」
カナムが静かに言う。
「お前に与えた任務も、取引先も、全部こちらで用意した」
「……全部?」
「うん。九識のアクセスできるところにあった莫大なデータ。それ全部私たち2人で作ったの」
アヤが軽く頷く。
「私が、お前たちの見えるところにそんな重要なデータを置いておくわけないだろう。」
カナムは呆れながら言う。
アヤが間を開けて話し出す。
「今回見させてもらったのは、場所の特定技術、情報整理力、接触判断、危険察知」
指を折っていく。
「あと、土壇場で紋章が出るか」
京慈は頭を抱えたくなった。
つまり。
全部試験。
全部修行。
「兄妹の力を借りたとはいえ、短期間でここまで来るとはな」
カナムが少し驚いたように言う。
「硬化の精度も上がっている」
京慈は息を整える。
アヤが横で笑う。
「でもまだまだ」
容赦がない。
その後倉庫の奥で簡易テーブルを挟み。
カナムとアヤは静かに話を進めていた。
「九識家とセブンスター財団」
カナムが言う。
「今後、連携を強化する」
アヤが頷く。
「異論なし」
二人の空気は、妙に自然だった。
仕事相手なのにどこかそれだけじゃない距離感。
京慈は何となく、それを感じ取っていた。
帰り道。
アヤが軽く伸びをする。
「というわけで」
京慈を見る。
「修行、一旦終了」
京慈は少しだけ目を見開く。
長かった。
本当に。
だが。
自分の腕を見る。
以前とは違う。
確かな感覚が残っている。
「……ありがとうございました」
京慈が頭を下げる。
アヤは少しだけ笑った。
「どーいたしまして」
その横で。
カナムも静かに口を開く。
「よくやった、京慈」
その言葉に。
京慈は、ほんの少しだけ笑った。




