第13章ー修業②ー
社員寮での生活にも、少しだけ慣れてきた頃。
京慈は、訓練室の床に倒れ込んでいた。
「……っ、はぁ……」
息が荒い。
全身が重い。
ここ数日の修行で、筋肉痛が消えた日がない。
そんな京慈を見下ろしながら、アヤは平然としていた。
「よし、次の段階いこっか」
「……まだあるんですか」
「むしろここから」
絶望しかない。
◆一つ目の修行 ―― 一点硬化
「今日は“硬化”使うよ」
その一言で、京慈の空気が変わった。
ようやく。
ようやくそれっぽい修行だった。
地下訓練室。
広い空間。
アヤは木刀を肩に担ぎながら、軽く言う。
「ルール簡単」
「はい」
「当たる場所だけ硬化」
「……だけ?」
「そ」
簡単そうに聞こえた。
「ミスったらどうなります?」
「んー、死にはしないけど真っ黒なあざができる。」
ものすごい恐ろしいことを言ってる気がする。京慈はそう思いながらも逃げられるわけもなく
「始め」
直後。
バシィッ!!
「っ!?」
肩に衝撃。
京慈は反応できなかった。
「遅いよ」
さらに二撃目は脚に。
三撃目は腹に。
四撃目は背中に。
「ぐっ……!」
痛い。
意識が飛びそうなくらい痛い。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「待たない」
アヤが踏み込む。
速いし軽い。
見えてるのに対応できない。
京慈は咄嗟に全身を固めようとする。
だが。間に合わない。
しかも身体が重い。
「全部守ろうとするから遅い」
アヤの木刀が首元で止まる。
「必要なとこだけ守れ」
京慈は息を整える。
(必要な場所だけ……)
再開。
木刀が来る。
肩。
違う。
脚。
――右腕。
その瞬間だけ。
硬化。
ガキィッ!!
鈍い音。
京慈の腕が、一瞬だけ石のような硬質感を帯びた。
「……っ!」
初めて。
狙って間に合った。
アヤが少しだけ笑う。
「今のを繰り返す」
だが次の瞬間。
横腹を叩かれる。
「ぐはっ!?」
「一回できたからって止まるなー」
地獄だった。
数時間後。
京慈は、何度か意識を飛ばしかけながらもようやく少しずつ掴み始めていた。
攻撃を見るんじゃない。
流れを見る。
相手の重心。
呼吸。
踏み込み。
ダンス修行でやった感覚が、少しずつ繋がっていく。
「……そこ!」
木刀が来る瞬間。
左肩だけ硬化。
受ける。
流す。
以前より、明らかに動けていた。
「うん、よし」
アヤが頷く。
「やっと“戦闘”になってきたね」
◆二つ目の修行 ―― 崩落通路
翌日。
昨日の痛みが抜けない中、京慈は地下施設の前に立っていた。
嫌な予感しかしない。
「これ何ですか」
「崩落訓練用通路」
「名前からもう嫌なんですけど」
アヤは無視して、箱を渡してくる。
「はい」
「……なんです?」
「精密機器」
京慈の顔が引き攣る。
「落としたら?」
「壊れる」
「いやそうじゃなくて」
「最初から」
終わっていた。
通路に入った瞬間。
ゴゴゴゴ……!!
床が揺れた。
「うわっ!?」
壁が崩れる。
瓦礫が落ちる。
床が沈む。
「これ訓練のレベルじゃないですよね!?」
「九識家の基準ーカナムがそれでやれってー」
基準がおかしい。
(あのクソ当主め…)
京慈は箱を抱えながら走る。
だが、自分を守るので精一杯だった。
瓦礫を避ける。
着地する。
バランスを崩す。
箱が揺れる。
「っ!」
咄嗟に庇う。
その瞬間。
腕が硬化。
瓦礫が腕にぶつかる。
だが箱は無傷。
「……あ」
今までと違った。
自分じゃないものを守るために、自然に出た。
さらに前へ進む。
途中、足場が崩れる。
京慈は咄嗟に身体を捻り、箱を抱えたまま着地した。
「はぁ……っ」
身体はボロボロ。
でも箱は守った。
出口。
そこにアヤが立っていた。
「お疲れー」
軽い。
「…はい…コレ…」
京慈は箱を渡す。
「……どうぞ」
「うん」
アヤは箱を開ける。
気になる中身はというと
まさかの湯呑み。
「……は?」
「よし、割れてないね」
京慈は無言になった。
初めて、他人を殴りたいと思った。
◆三つ目の修行 ―― アヤとの近接戦
流石にあの状態ではろくな修業ができないと判断され、セブンスター財団の医師から治療を受けたあと、一週間ほど休養し、最後の修業へ挑む。
「じゃ、戦おっか」
一番嫌な修行が始まった。
訓練室。
京慈は木剣を構える。
対するアヤは、素手。
「武器使わないんですか」
「使う必要ある?」
完全に煽りだった。
正論故何も言い返せない。
「……いきます」
踏み込む。
速く。
鋭く。
今までより動ける。
硬化も少し安定してきた。
――なのに。
当たらない。
「っ!?」
流された。
身体が崩れる。
次の瞬間には背後。
「遅いよ」
足を払われる。
転倒。
「ぐっ!」
立つ。
踏み込む。
捌かれる。
崩される。
転ばされる。
何もできない。
「なんで……!」
京慈は息を荒げる。
「硬化してるのに……!」
「だからだよ」
アヤが静かに言う。
「今度は紋章に頼りすぎている」
京慈が止まる。
「紋章は才能」
アヤはゆっくり構える。
「でも戦うのは、京慈」
次の瞬間。
アヤが踏み込む。
速い。
京慈は咄嗟に反応する。
殴られる瞬間だけ硬化。
衝撃を流す。
転倒時だけ硬化。
床を滑る。
立つ。
動く。
気づけば。
“使おうとしていなかった”。
自然に、必要な瞬間だけ硬化していた。
アヤが、初めて少しだけ目を細める。
「……今のは良かったね」
京慈は肩で息をする。
その一言だけで。
今までの疲労が、少しだけ報われた気がした。
「よし、よく頑張ったね。これである程度は使えるようになったはずだから、あとは個人の頑張りかなー」
アヤは伸びながら言う。
訓練後。
社員寮の一室。
京慈は机に突っ伏していた。
「死ぬ……」
「死なない死なない」
向かい側。
アヤがお湯を注いでいた。
湯気が立つ。
静かな動き。
無駄がない。
妙に慣れていた。
「はい」
差し出された湯呑み。
お茶だった。
京慈は受け取る。
温かい。
「……ありがとうございます」
アヤは自分の分を飲みながら、小さく笑う。
「やっと、“使おうとしてない時”に出るようになってきたね」
京慈は湯呑みを見つめる。
「……難しすぎますよ」
「紋章って、そういうもん」
静かな声だった。
その時、京慈の腕が本人も気づかないほど自然にほんの一瞬だけ、硬化する。
それを見てアヤが、少し目を細めた。
(……早いな、この子)
湯気が、静かに部屋へ広がっていた。




