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シグナリア  作者: もへもへーぬ
第1部ー紋章の継承者ー
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第12章ー高嶺の花ー

朝食の席には、珍しく全員そろった。


九識家では、それだけで少し空気が変わる。


とはいえ、緊張感が走るわけではない。


りゅーいちは朝から肉を焼いているし、らきはパンを咥えたままアスノに怒られている。そらは眠そうな顔でコーヒーを啜り、かぁりは怪しい色の液体を混ぜていた。


いつも通り。


ただ、その中心にカナムがいるだけ。


「京慈、顔死んでるぞ」


「りすずさんの部屋、情報量多すぎるんですよ……」


「生きて帰ってきただけ偉いわ」


アスノが真顔で言う。


「そんな危険なんですか……?」


「今は平気」


りすず本人が否定した。


京慈が苦笑した、その時。


机の端に置かれていた端末が電子音を鳴らした。


ピッ、と短い音。


りすずが視線を向ける。


数秒。


キーボードを叩き、画面を確認する。


「……あー」


少しだけ、空気が変わった。


「まただ。」


京慈は無意識に姿勢を正す。


カナムが紅茶を置いた。


「場所は」


「王都工業地廃棄区画。反応がかなり濃い。」


「紋章反応が?」


「うん」


短いやり取り。


だが、兄妹たちの顔つきが少しだけ鋭くなる。


京慈だけが、その意味を掴めていなかった。


「……何かあったんですか?」


カナムが視線を向ける。


少しだけ笑った。


「京慈。社会科見学だ」


「はい?」


「お前も来い」


---


移動中。


車を運転しているのはあきと。


助手席にアスノ。


後部座席に京慈とカナム。


「紋章反応って、何なんですか?」


京慈が尋ねる。


カナムは窓の外を見たまま答えた。


「発現の痕跡だ」


「痕跡……?」


「紋章は使うと特殊な波長を出すんだ。」


前からアスノが補足する。


「それを観測できるシステムをりすずが作った。」


「じゃあ、誰かが紋章を発現したってことですか」


「可能性は高い」


そこで会話が切れる。


だが。京慈は別のことが気になっていた。


(皆さん、ちょっと警戒してる……?)


それが妙に引っかかる。


---


工業地廃棄区画。


工業で使用した廃棄物を管理する場所。


今は崩れた建物と廃材だけが並んでいる。


曇天に湿った風。


「……嫌な感じがします」


京慈は呟いた。


アスノがちらりと見る。


「いい感覚よ」


そのまま前を向く。


「違和感は、大体当たるから」


ギルドで聞いた言葉が脳裏をよぎる。


“違和感は当たる”。


京慈は無意識に剣へ手を添えた。


「アスノ、あきと、お前たちは南西側を捜索してくれ。私と京慈は北東側を捜索する。」


カナムは2人に指示を出し、2人は同時に


『了解』


と言い、南西側へ向かった。


京慈とカナムは北東側へ進んでいく。


しばらく探しているが人の気配はない。


すると崩れた教会跡が目に入る。


そこに、一人の女性がいた。


瓦礫に腰掛けている。


黒髪。


ラフな服装。


眠そうな目。


特別派手なわけじゃない。


なのに。


(……なんだ、この人)


本能が警鐘を鳴らす。


強い。


けれど、“威圧感”ではない。


自然体なのに怖い。


そんな感覚。


女性が顔を上げる。


そしてカナムを見るなり、軽く眉を寄せた。


「うわ、また寝不足の顔してる」


開口一番がそれだった。


京慈は思わずカナムを見る。


カナムは露骨に目を逸らした。


「昨日は寝たさ」


「何時間?場所は?」


「…二時間弱…机上前椅子にもたれかかって。」


「それは気絶って言うの」


即答だった。


兄妹以外で、ここまで自然にカナムへ強い言葉を言う人間を京慈は初めて見た。


(カナムさん、押されてる……?)


そんな京慈をよそに、女性は立ち上がる。


「そんなことより、久しぶり、カナム」


「久しぶりだな、アヤ」


知り合いだった。


しかもかなり距離が近い。


---


アヤの視線が京慈へ向く。


「この子が例の?」


「そうだ」


「へぇ」


近づいてくる。


距離が近い。


京慈は少しだけ身構えた。


するとアヤが、じっと京慈の顔を覗き込んだ。


「ちゃんと警戒できるタイプか。いいね。」


「……?」


「えらいえらい」


軽く頭を撫でられる。


京慈は困惑した。


この人、距離感がおかしい。


---


「紹介しとこう」


カナムが言う。


「こいつはアヤ。こう見えてセブンスター財団の理事」


京慈が目を見開いた。


セブンスター財団。


王国最大級の経済組織。


名前くらいは知っている。


「理事……?」


「”こう見えて”は余計なんだけどね…私もキミと同じ元孤児だよー」


アヤ本人が軽く言う。


「私は戦争孤児でね、会長に拾われたの」


「本来はセブンスター財団の後継者候補だったんだがな」


カナムが肩を竦める。


「こいつ、自力で財団入りして数年で理事まで上がった」


「そっちの方が面白かったからね」


さらっと言う。


京慈は理解が追いつかなかった。


---


「で、本題」


アヤが京慈を見る。


「キミの硬化の紋章どれくらい扱える?」


息を呑む。


見ただけで分かった。


「紋章を見なくても未完成なのはわかる。だけど扱えるレベルによっていろいろ変わるんだけど、」


「キミは面白そうだからね。」


その言い方は、紋章そのものより京慈を見ているようだった。


---


「今すぐに使える?」


アヤが聞く。


「少しだけなら……」


「じゃ、一回見せて」


軽い口調。


だが断れない。


京慈は息を吐き、右腕へ意識を向ける。


(出ろ)


集中する。


だが、出ない。


沈黙。


焦りだけが募る。


「んー」


アヤが近づく。


その瞬間だった。


ゾワッ、と。


本能が反応する。


気づけば。


右腕が硬化していた。


灰色の硬質化。


未完成。


だが確かに発現している。


京慈自身が一番驚いていた。


「……っ!?」


アヤはその腕を見て、小さく笑った。


「あ、そっちなんだ」


意味が分からない。


だが、何かを理解した顔だった。


「紋章ってさ」


アヤが言う。


「才能ってより、“生き方”に近いんだよね」


京慈は黙る。


まだ意味は分からない。


でも、不思議とその言葉は残った。


---


「どうだ?」


カナムが聞く。


アヤは京慈を見たまま答える。


「うん、好きかも。この子」


軽い。


だが本気だと分かる声だった。


「育つよ、この子も、紋章も」


京慈が嫌な予感を覚える。


カナムが笑った。


「というわけで京慈」


絶対ろくでもない。


「しばらくこいつにお前を預ける」


「はい?」


「よろしくね、京慈くん。今日から”弟子”として」


アヤがひらひら手を振る。


京慈は本能で理解した。


(この人、絶対ヤバい)


「あ、そうそう紋章反応なんだけど、こっちで保護してるから大丈夫だよ。」


「そうか、助かる。俺たちは引き上げるとしよう」


カナムはそういうと、アスノとあきとに連絡を入れ、撤退準備を始めた。


---


帰り道の車内。


京慈は精神的に疲れ切っていた。


「…カナムさん…アヤさんって、何者なんですか」


ぽつりと聞く。


カナムは窓の外を見たまま、少しだけ黙る。


それから。


「昔から、“完成してる人間”だ。紋章を宿してないのにも関わらず強くあり続ける。…表現するとしたら……高嶺の花だな。」


静かに言った。


「紋章なしでですか?」


「だから怖いんだよ」


カナムは小さく笑った。


その笑みは、少しだけ本気に見えた。


---


遠ざかる廃教会。


瓦礫の上。


アヤは空を見上げながら、小さく息を吐く。


「……相変わらず、人を見る目だけは外さないね」


アヤが呟く。


遠くで、車が小さくなっていく。


「ほんと、ずるいよ。カナム」

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