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シグナリア  作者: もへもへーぬ
第1部ー紋章の継承者ー
11/18

第11章ー土台ー

廊下の奥。


九識家の中でも、ほとんど人が寄りつかない一角。


「……ここかな」


京慈は目の前の扉を見上げた。


ノックをするか迷う間もなく――


「どしたー」


中から声がした。


軽く気の抜けた声。


「…あ…おはようございます。京慈です。…少しお聞きしたいことがありまして…」


「とりあえず入りな…」


中からりすずから言われて扉を開ける。


「お邪魔します。」


---


中に入った瞬間、少しだけ言葉を失った。


散らかっている。


だが、ただ汚いわけじゃない。


紙、機材、コード、食べかけの何か、開きっぱなしの資料。


生活の痕跡と作業の残骸が、そのまま積み重なっている。


(……生活感、あるな)


整っていないのに、不思議と機能はしていそうな空間。


部屋の中央。


大きめのチェアに身体を預けたまま、りすずがこちらを見ていた。


画面の光が顔を照らしている。


「そろそろ来ると思ってた」


「……そうなんですか」


「うん」


視線だけが動く。


「で、聞きたいことって紋章でしょ?」


言い当てられる。


「はい」


---


「とりあえず座ればー」


空いている椅子を顎で示される。


京慈は軽く周囲を避けながら座る。


足元で何かを踏みそうになり、そっと避けた。


「紋章ねー」


りすずがキーボードを叩く。


画面が切り替わる。


「基本的なことは分かってるでしょ」


「……遺伝型と、突発型」


「そ」


短い返事。


「あたしたち九識はその混合。」


そこは復習程度に流す。


「で、お前のやつ」


画面に映るのは、戦闘記録。


京慈が“硬化”を発現した時の映像。


「相伝型。硬化の紋章。それが京慈。あんたの宿す紋章だ。」


「……相伝」


「うん。うちに多いタイプ。兄妹だと、りゅーいちに、アスノ姉ちゃん、らき姉ちゃんとぽた、あとあたしが相伝系の紋章。」


軽くスクロールする。


「硬化系の紋章の直近のデータ引っ張ると…」


画面にいくつもの映像が並ぶ。


同じ“硬化”でも、使い方が違う。


腕だけを硬化する者。


全身を覆う者。


瞬間的に一点を固める者。


「……こんなに違うんですね」


「宿主が違うからね」


りすずはあっさり言う。


「同じ紋章でも、出方はバラバラ」


映像が無作為に並ぶ。


「よし、やるよ」


映像が止まる。


一つの型。


「これ、今の京慈に1番近い」


京慈は立ち上がる。


---


■一回目


映像を見て、動きをなぞる。


呼吸、重心、タイミング。


(こんな感じか……)


同じように構える。


力を込める。


だが。


何も起きない。


---


「次」


りすずの声。


淡々としている。


---


■二回目


少し変える。


タイミングをずらす。


意識を集中させる。


(出ろ)


だが、出ない。


---


「次」


---


■三回目


別の型。


防御特化。


全身に意識を回す。


(固めるイメージ……)


再現する。


動きは、できている。


だが。


何も起きない。


---


それを、何度も繰り返す。


見る。


動く。


確認する。


また見る。


---


「……できてますよね」


京慈は息を整えながら言う。


「動きはな」


りすずが答える。


「完全再現できてる」


「でも、出ないね」


あっさり。


---


しばらく沈黙。


りすずが画面を見ながら、少しだけ考える。


「おかしいな」


珍しく、言葉が止まる。


「データ的には、ズレてない」


「…じゃあ他の要因が?」


「分かんない」


即答だった。


京慈は思わず苦笑する。


「分からないんですか」


「うん」


悪びれない。


「データで拾えない部分なのは確か。」


少しだけ間。


りすずが椅子に深く沈む。


「それ、全部“他人のやつ”だからかもね」


ぽつりと言う。


「……他人の?」


「そう」


画面を指す。


「全部、別の宿主」


一つ一つ。


「同じ紋章でも、使ってるやつが違う」


「紋章は、宿主に依存する。」


はっきり言う。


「100%同じものは存在しない。」


「お前のは、お前の形でしか出ない」


---


京慈は黙る。


(じゃあ……)


「再現しても意味がない?」


「ゼロじゃない」


りすずは少しだけ視線を上げる。


「ヒントにはなる」


「でも、答えにはならない」


視線を落とす。


(どうすればいい)


その問いが、頭に残る。


「だが、共通点はあるけどね」


りすずが画面を切り替える。


いくつかの記録。


発現時のデータ。


「極限状態」


「強い意思」


「対象の存在」


映像の中。


誰かが、誰かを守っている。


その瞬間が最も発現しているタイミング。


一瞬だけ記憶がよぎる。


雨の中走る衝撃


(……めい)


すぐに消える。


「何かに気づいたようだな。試してみるか?」


りすずが軽く言う。


「…お願いします。」


京慈は謎の自身が満ちあふれていた。


(今ならできる気がする。)


■再現実験


①守る対象を仮定する。


②追い込まれる状況を作る。


③意識を集中する。


(守る)


強く思う。


だが、何も起きない。


「……出ないですね」


「うん」


りすずはあっさり頷く。


「再現しようとしてる時点で、ズレてる」


静かに言う。


「それ、外から作るもんじゃない」


少しだけ視線を向ける。


「自分の内側のやつ」


京慈は黙る。


「真似るな」


りすずが言う。


短く。


「見つけろ。自分の中で自分だけの答えを」


部屋に、キーボードの駆動音だけが残る。


京慈は、自分の手を見つめた。


答えはまだ分からない。


何をどうすればいいのかも、正直曖昧だ。


でも、今までみたいに、“他人のやり方をなぞる”のが違うということだけは理解できた。


「……ありがとうございます」


京慈は静かに立ち上がる。


椅子が小さく軋む。


再現に再度挑戦しようとした。


その途中。


ふと、視線が自分の腕に落ちた。


(俺のやり方、か)


今までの訓練を思い返す。


誰かの型。


誰かの動き。


誰かの発現。


全部、“誰か”だった。


---


ゆっくりと拳を握る。


無理に力は込めない。


発現しろとも願わない。


ただ、自分の中に“ある”ものとして意識する。


あの時…死にかけた瞬間に感じたこと。


(守りたい、とか)


もちろん、それもあった。


でも、もっと単純だった気がする。


「……壊したくなかったんだ」


ぽつりと漏れる。


めい。孤児院。知らない誰か。


全部まとめて。


ただ、“失いたくない”と思った。


その瞬間だった。


ピシ、と。


皮膚の内側を硬い何かが走る。


「……っ」


京慈が目を見開く。


右腕。


肘から先だけ。


薄く、灰色に変質していく。


石とも金属とも違う質感。


完全ではない。


まだらで、不安定。


だが、確かに、“硬化”していた。


「……お」


りすずの声。


珍しく、少しだけ感情が乗る。


京慈は息を呑む。


「出た……?」


すぐに硬化は霧が晴れるように消えていく。


維持できない。


ほんの数秒。


それでも。


「今のは、完全に発現してた。」


りすずがモニターを見ながら言う。


高速で数値が流れていく。


「出力低い、持続短い、制御も甘い」


淡々と並べ、そのあと。


「でも、ちゃんとお前の紋章だ。完全制御への第一歩…ってとこかな」


そう言った。


京慈は自分の腕を見る。


さっきまでの感触が、まだ残っている。


重く、硬い感覚。


「再現じゃない。」


りすずが続ける。


「今のは、“お前が見つけた答え”だ」


京慈はゆっくり息を吐いた。


(……できた)


ほんの少し。


本当に少しだけ。


でも、確かに、自分の意思で触れられた。


「最低限の土台は完成かな」


りすずが椅子に沈みながら言う。


「ここから先は、慣らす作業」


「慣らす……」


「使って、失敗して、覚える」


簡単に言う。


「紋章ってそういうもん」


京慈は小さく頷く。


「……やってみます」


扉へ向かう。


今度は迷わなかった。


(俺の紋章)


まだ不完全だ。


未熟で、安定もしない。


でも。


(ちゃんと、俺の中にある)


京慈は静かに部屋を出る。


その背中を、りすずはモニター越しに見送った。


「……やっぱ相伝か。アイツ…本当にどこの血筋なんだ…」


小さく呟く。


画面には、過去の“硬化”のデータ。


そして。


最新記録に京慈が並んでいた。

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