第11章ー土台ー
廊下の奥。
九識家の中でも、ほとんど人が寄りつかない一角。
「……ここかな」
京慈は目の前の扉を見上げた。
ノックをするか迷う間もなく――
「どしたー」
中から声がした。
軽く気の抜けた声。
「…あ…おはようございます。京慈です。…少しお聞きしたいことがありまして…」
「とりあえず入りな…」
中からりすずから言われて扉を開ける。
「お邪魔します。」
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中に入った瞬間、少しだけ言葉を失った。
散らかっている。
だが、ただ汚いわけじゃない。
紙、機材、コード、食べかけの何か、開きっぱなしの資料。
生活の痕跡と作業の残骸が、そのまま積み重なっている。
(……生活感、あるな)
整っていないのに、不思議と機能はしていそうな空間。
部屋の中央。
大きめのチェアに身体を預けたまま、りすずがこちらを見ていた。
画面の光が顔を照らしている。
「そろそろ来ると思ってた」
「……そうなんですか」
「うん」
視線だけが動く。
「で、聞きたいことって紋章でしょ?」
言い当てられる。
「はい」
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「とりあえず座ればー」
空いている椅子を顎で示される。
京慈は軽く周囲を避けながら座る。
足元で何かを踏みそうになり、そっと避けた。
「紋章ねー」
りすずがキーボードを叩く。
画面が切り替わる。
「基本的なことは分かってるでしょ」
「……遺伝型と、突発型」
「そ」
短い返事。
「あたしたち九識はその混合。」
そこは復習程度に流す。
「で、お前のやつ」
画面に映るのは、戦闘記録。
京慈が“硬化”を発現した時の映像。
「相伝型。硬化の紋章。それが京慈。あんたの宿す紋章だ。」
「……相伝」
「うん。うちに多いタイプ。兄妹だと、りゅーいちに、アスノ姉ちゃん、らき姉ちゃんとぽた、あとあたしが相伝系の紋章。」
軽くスクロールする。
「硬化系の紋章の直近のデータ引っ張ると…」
画面にいくつもの映像が並ぶ。
同じ“硬化”でも、使い方が違う。
腕だけを硬化する者。
全身を覆う者。
瞬間的に一点を固める者。
「……こんなに違うんですね」
「宿主が違うからね」
りすずはあっさり言う。
「同じ紋章でも、出方はバラバラ」
映像が無作為に並ぶ。
「よし、やるよ」
映像が止まる。
一つの型。
「これ、今の京慈に1番近い」
京慈は立ち上がる。
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■一回目
映像を見て、動きをなぞる。
呼吸、重心、タイミング。
(こんな感じか……)
同じように構える。
力を込める。
だが。
何も起きない。
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「次」
りすずの声。
淡々としている。
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■二回目
少し変える。
タイミングをずらす。
意識を集中させる。
(出ろ)
だが、出ない。
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「次」
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■三回目
別の型。
防御特化。
全身に意識を回す。
(固めるイメージ……)
再現する。
動きは、できている。
だが。
何も起きない。
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それを、何度も繰り返す。
見る。
動く。
確認する。
また見る。
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「……できてますよね」
京慈は息を整えながら言う。
「動きはな」
りすずが答える。
「完全再現できてる」
「でも、出ないね」
あっさり。
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しばらく沈黙。
りすずが画面を見ながら、少しだけ考える。
「おかしいな」
珍しく、言葉が止まる。
「データ的には、ズレてない」
「…じゃあ他の要因が?」
「分かんない」
即答だった。
京慈は思わず苦笑する。
「分からないんですか」
「うん」
悪びれない。
「データで拾えない部分なのは確か。」
少しだけ間。
りすずが椅子に深く沈む。
「それ、全部“他人のやつ”だからかもね」
ぽつりと言う。
「……他人の?」
「そう」
画面を指す。
「全部、別の宿主」
一つ一つ。
「同じ紋章でも、使ってるやつが違う」
「紋章は、宿主に依存する。」
はっきり言う。
「100%同じものは存在しない。」
「お前のは、お前の形でしか出ない」
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京慈は黙る。
(じゃあ……)
「再現しても意味がない?」
「ゼロじゃない」
りすずは少しだけ視線を上げる。
「ヒントにはなる」
「でも、答えにはならない」
視線を落とす。
(どうすればいい)
その問いが、頭に残る。
「だが、共通点はあるけどね」
りすずが画面を切り替える。
いくつかの記録。
発現時のデータ。
「極限状態」
「強い意思」
「対象の存在」
映像の中。
誰かが、誰かを守っている。
その瞬間が最も発現しているタイミング。
一瞬だけ記憶がよぎる。
雨の中走る衝撃
(……めい)
すぐに消える。
「何かに気づいたようだな。試してみるか?」
りすずが軽く言う。
「…お願いします。」
京慈は謎の自身が満ちあふれていた。
(今ならできる気がする。)
■再現実験
①守る対象を仮定する。
②追い込まれる状況を作る。
③意識を集中する。
(守る)
強く思う。
だが、何も起きない。
「……出ないですね」
「うん」
りすずはあっさり頷く。
「再現しようとしてる時点で、ズレてる」
静かに言う。
「それ、外から作るもんじゃない」
少しだけ視線を向ける。
「自分の内側のやつ」
京慈は黙る。
「真似るな」
りすずが言う。
短く。
「見つけろ。自分の中で自分だけの答えを」
部屋に、キーボードの駆動音だけが残る。
京慈は、自分の手を見つめた。
答えはまだ分からない。
何をどうすればいいのかも、正直曖昧だ。
でも、今までみたいに、“他人のやり方をなぞる”のが違うということだけは理解できた。
「……ありがとうございます」
京慈は静かに立ち上がる。
椅子が小さく軋む。
再現に再度挑戦しようとした。
その途中。
ふと、視線が自分の腕に落ちた。
(俺のやり方、か)
今までの訓練を思い返す。
誰かの型。
誰かの動き。
誰かの発現。
全部、“誰か”だった。
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ゆっくりと拳を握る。
無理に力は込めない。
発現しろとも願わない。
ただ、自分の中に“ある”ものとして意識する。
あの時…死にかけた瞬間に感じたこと。
(守りたい、とか)
もちろん、それもあった。
でも、もっと単純だった気がする。
「……壊したくなかったんだ」
ぽつりと漏れる。
めい。孤児院。知らない誰か。
全部まとめて。
ただ、“失いたくない”と思った。
その瞬間だった。
ピシ、と。
皮膚の内側を硬い何かが走る。
「……っ」
京慈が目を見開く。
右腕。
肘から先だけ。
薄く、灰色に変質していく。
石とも金属とも違う質感。
完全ではない。
まだらで、不安定。
だが、確かに、“硬化”していた。
「……お」
りすずの声。
珍しく、少しだけ感情が乗る。
京慈は息を呑む。
「出た……?」
すぐに硬化は霧が晴れるように消えていく。
維持できない。
ほんの数秒。
それでも。
「今のは、完全に発現してた。」
りすずがモニターを見ながら言う。
高速で数値が流れていく。
「出力低い、持続短い、制御も甘い」
淡々と並べ、そのあと。
「でも、ちゃんとお前の紋章だ。完全制御への第一歩…ってとこかな」
そう言った。
京慈は自分の腕を見る。
さっきまでの感触が、まだ残っている。
重く、硬い感覚。
「再現じゃない。」
りすずが続ける。
「今のは、“お前が見つけた答え”だ」
京慈はゆっくり息を吐いた。
(……できた)
ほんの少し。
本当に少しだけ。
でも、確かに、自分の意思で触れられた。
「最低限の土台は完成かな」
りすずが椅子に沈みながら言う。
「ここから先は、慣らす作業」
「慣らす……」
「使って、失敗して、覚える」
簡単に言う。
「紋章ってそういうもん」
京慈は小さく頷く。
「……やってみます」
扉へ向かう。
今度は迷わなかった。
(俺の紋章)
まだ不完全だ。
未熟で、安定もしない。
でも。
(ちゃんと、俺の中にある)
京慈は静かに部屋を出る。
その背中を、りすずはモニター越しに見送った。
「……やっぱ相伝か。アイツ…本当にどこの血筋なんだ…」
小さく呟く。
画面には、過去の“硬化”のデータ。
そして。
最新記録に京慈が並んでいた。




