一章:命は羽のように軽い 6
車は奈落の入口で停まった。前衛をフェンとナーガが担当し、後衛としてノアはオライオンと共に奈落へ潜る。白い霧の領域へ入った途端、あらゆる方向からの視線を感じ怖気が走った。裏切った仲間の死を思い出し、右手が左腕を掴んだ。ぐっと奥歯を噛んで恐怖を押し殺す。
しばらく徒歩で移動していると、フェンがすぐに反応した。
「前方に二体よ。十秒で射程に入ろう。左の一体をノア、やってみぃ」
きっちり十秒後、アヴェスターの影が視界に映る。大きさは一メートル程度の、なりたても化物だ。ノアは構えていた魔杖弓を突き出し、右手に魔力を集中。弦を引く。光が速射され、左の一体の腹に穴を開けた。
だが、敵の動きは止まらない。すぐさま第二射、三射と放ち、四射目でアヴェスターを崩壊させた。
オライオンが隣で顎に手をやりながらそれを眺めていた。フェンが魔杖棍を肩に置いて両手に持ちながらノアの元にやってくる。
「ふむ、威力は悪くはあるまい。だが、魔法の扱い方に難ありといったところか。ではノアよ、我の魔法をよぅく見ておくが良い」
まともな構えになっていないそのままの恰好で、フェンが近づいてくるアヴェスターを見た。瞬間後、アヴェスターが爆散した。唖然とした。
「分かったかぇ? 魔力がよう見える妖精種なら違いが分かろうて」
見えた。フェンは圧縮空気を弾にして発射。アヴェスターに着弾と同時、それを爆発させた。だから一撃で倒せたのだ。
「収束と発散、ですね」
「お見事。できるかぇ?」
「やってみます」
「良い。ほれ、もう二体来る。今度は二体とも倒してみせい」
原理は分かっても、魔法というものはそう単純ではない。一条の光として帯状に展開したものを、一個の光として収束。それに着弾と同時に周囲に威力を発散させるように組み立てねばならない。
久しぶりに魔法の授業を思い出す。手は勝手に動いていた。魔杖弓の宝珠に魔力を流し、魔法の形を最適化、右手に宿った魔力で弦を引いた。
左の一体に光が着弾と同時に四散。発散効果が甘い。更に最適化を重ね、二体目へ向けて光球を放つ。今度は着弾と同時に直径一メートルほどの光となった。敵は跡形もなかった。
「良きかな。飲みこみが早い。ハルキのときと違ってこれは鍛えがいがある」
ノアの隣に立ったフェンが、ぽん、と背中を叩く。褒められて笑みがこぼれた。
「さて、オライオンよ。ぬしの裁定はどうかな?」
「いいな。これならカテゴリー二も楽に倒せるだろ。ノア、威力はいまのが最大か? もうちょっと上げられると結構楽になれると思うんだが」
オライオンの問いに、ノアは右手をぐーぱーぐーぱーさせながら答える。
「この前カテゴリー二を相手にしたときは、いまの十倍は力を込めてました。やってみないと分かりませんが、がんばってみます」
ほほー、とフェンが満面の笑みを浮かべる。オライオンが右手で額に手を当てた。
「俺、原石掘っちまったよ」
「ぬしよ、我に預けてみんか? 魔法技術なら我に一日の長があろう?」
「暴れない?」
「我も弁えておる。ナーガにじゃれつくのはあやつが強いからよ」
「ま、それもそうだな。頼む」
フェンが魔杖棍を左手に持ち変える。
「さぁて、たぁのしくなってきたのぉ。今日はカテゴリー三まで倒そうぞ。みっちり稼いで帰りは豪遊ぞ!」
「か、カテゴリー三……ですか?」
カテゴリー三など、軍ですら手を焼く種別だ。それを簡単に倒すなどと、本当に実力がどうかしている。
「なぁに、安心せい。いざとなれば我らがおる。どいつもカテゴリー三など瞬殺よ。そしてノアよ、ぬしも今日からその仲間入りとなる。誇れ新人。今日から弱者とはおさらばだ」
心がくすぐったかった。
「がんばります」
「良きかな。では行こうか。ああ、ナーガよ、マナ結晶拾い頼んだぞ!」
はいはいぃ、と遠くでナーガが応える。
フェンが進んでいく。オライオンに後方を警護されながらノアも進んだ。
フェンが発見報告をし、ノアが敵を討つ。一度感覚を掴めば同じことは意識しなくてもできるようになった。そのたびに童女が歓喜する。
「お、カテゴリー二がお出ましだ。さぁノアよ、やってみぃ」
二メートルほどの鉱物の巨体が姿を表す。二日前、眼前で三人を殺した怪物と同レベルのアヴェスター。自然と身体が震えた。身体に刻まれた恐怖は簡単には消えない。
「なに、案ずるな。我がおる。一心不乱にやってみよ」
フェンの言葉を受けて、ノアは恐怖を吞み込んだ。同じ手順で、同じ魔力で弓を射る。一発でアヴェスターの上半身が消滅した。核も壊したのか、いまの一撃で身体が崩れていく。
「良い! 良いぞノアよ! 同じ力でカテゴリー二を瞬殺よ! さて、だがまだ威力は上がるであろう? もっと上を見せてみぃ」
次第に足元から立ち上る熱い想い。それはきっと、高揚だ。
「さあ、カテゴリー二が三体ぞ。やれるかえ?」
「やります!」
「良きかな! ならば見せてみよ!」
威力を上げる。込める魔力は十倍。それを三つ生み出す。弦を引き、三本の矢が生まれる。ここまでで通常の手順の約三倍の時間を掛けた。
フェンの目が輝く。
ノアは無心で放った。視界を晴らすほどの光が都合三つ生まれた。アヴェスターの姿はもうそこにはない。
「見たかオライオン! 同時展開をしおったぞ! しかも僅か三秒足らずよ!」
「おいおい、ペルテテー並に器用だな」
「あれと比較するでない。精密力と制御力が狂っておる。それは後回しで良い」
「そりゃそうだ。とはいえ、まさかここまでとはな。化けるなこれは」
「しばらくは実地、そして魔力運用の訓練。段階を踏めば即戦力よ」
しばし放心していたノアは、やっと一息ついて右手を下ろした。とてとてとやって来たフェンが、背中をばちんと叩く。少し痛い。
「ようやった! ノアよ、ぬしはまさに我らが必要としていた人材よ!」
「いまのは、合格でしたでしょうか?」
「ふふん、我の採点は厳しいが、今日は満点をくれてやろう!」
「私は、役に立てますか?」
「なに、一体いまの時点でどれだけ稼いだことやら。あっという間に小金持ちよ!」
うひょ~、とフェンがノアの周りをぐるぐると回る。ノアは心底安堵して、同時に、師になった童女の行動があまりにも愛らしくて、笑みがこぼれるのが止められなかった。




