一章:命は羽のように軽い 7
「カテゴリー三を単独討伐だって、すごい子が来たね」
リビングでノートPCと格闘していたハルキの隣に座ったペルテテーは、どこか楽しそうだ。
「そっか、良かったよ。僕の人を見る目は悪くなかったみたいだ」
「募集の方はどうするの?」
「一応ざっと目を通したけど、よさそうな候補はいないね。どの道、急激に拡大させる訳にもいかないから、しばらくは打ち切ってもよさそうだね」
目頭を揉んで、ハルキはノートPCを閉じた。背後に立ったペルテテーが両肩に手を置く。
「ん、お疲れ。仕事はおわり?」
「今日はおしまい。これからはこっちがメインになるかもだ。参ったね」
「魔弾を使う回数が減って嬉しいんじゃない?」
「そりゃあね。僕の技能は金食い虫だ。使わないに越したことはないよ」
「ハルキは参謀が似合ってるよ」
「あいにく事務仕事は苦手なんだ。それに、特別個体相手なら壁役は必要さ」
「ハルキのマナ障壁には何度も助けられたからね」
「ペルテテーの火球を防いだくらいだ。そこそこ硬い自信はあるよ」
「暴走したときのことは忘れて欲しいんだけど」
「鮮烈な出会いだったね。とても忘れられそうにないよ。あのとき助ける判断をした過去の僕をいまでも褒めたいくらいだ」
ペルテテーがすり寄せた頬をぷくーと膨らませる。こんな反応をすることも、あの頃は知らなかった。
「忘れてほしいなー」
「記憶力はいい方なんだ。大切な記憶として頭のアルバムにしまってあるから、いくらペルテテーでも奪えないよ」
「嬉しいけど、なんかやだなぁ」
「僕の醜態を忘れてくれるなら、僕も取引に応じるのはやぶさかではないよ?」
「ダメ、ハルキが見せてくれたものははぜーんぶ私のもの。忘れないよ」
「取引不成立だ。お互いの記憶の棚にしまっておくとしようか」
むぅ、と離れたペルテテーが椅子を回転させる。座るハルキの両膝に座り、首に両腕を回す。
「ダメです。私はキスを要求します」
ふいに、すごく嫌な予感がした。こういう時の勘はよく当たるのだ。
「ちょっと待ってほしい。すごく、ものすごく間が悪い気がする」
「ダメです。もう待てません。長いのを要求します」
ぱたん、と音が聞こえた。どだどだと廊下を駆ける音が続き、ばん、とリビングの扉が開かれた。
「愛しの彼女が帰ってきたでぇ! ……あれぇ?」
突然帰宅したディアナを、ペルテテーが凄い形相で睨んだ。ちょっと怖い。
「ディアナ、回れ右!」
「はいぃ! っておかしいやろ! なんでリビングでちちくりおうてんねん! 部屋でやりぃや!」
さすがディアナ、ツッコミが的確である。初手で怯えて頷きながらも反撃してくる。プロのラッパーは強い。
「ついさっきまで二人きりだった! 問題ないの!」
「大ありや! うちが帰ってきてんねん!」
「ディアナ、ハウス!」
「ここがうちの家やねん! あと犬やないねんうち! なんや、いまだにオライオンくんにお預けされてるうちへの嫌味か!」
「好きな人とのちゅーって、いいよ?」
ディアナがべしべしと髪を振り乱し、喉を掻きむしる。
「腹たつわぁこの女!」
「天にも昇る気持ちになれるんだよ?」
「あかん、殴りたい……!」
「ハグしながらするとね、もう夢の中にいるみたいなの」
「ぐぅー……ハルキくん、うちもう泣きたい……」
ディアナが負けた。ついでにペルテテーの言葉は的確にハルキの心臓を抉っている。
「舌をね、こう、れぇって出すの。交わったときがね、すごく気持ちいいの」
「ストップ! これ以上は僕にも効く」
ディアナは床に沈んでいた。拳を床に叩きつけ、全身で嘆いていた。
「うちも! 恋人らしいこと! もっと! したいねん!」
むふー、とペルテテーが笑う。いつの間にか彼女はディアナを完全攻略する乙女へと変貌を遂げたらしい。とても恐ろしい。この進化は確実にハルキの脳を焼く。
すっと立ち上がったペルテテーがハルキの手を引く。
「じゃあ、部屋で続きしよっか。すご~く長いのしよ」
「のああああ!」
ディアナが吠えた。
「今日は気絶してもとまらないからね」
「いやああああ!」
ディアナがうるさい。そして、ハルキの前途も多難だ。
「あの、僕、何度気絶するのかな……?」
「私が満足するまで」
今日は意識を保つ時間はないんじゃなかろうか。




