二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 10
西セクターのキャンディサーカスは、バンドのライブを行っている。ナンダがディアナ用に用意した箱ではあるが、当然それだけで採算が合うほど現実は甘くない。ならば箱を有効活用させるのは必然だ。
緑髪の細面の男が、のんびりと廊下を歩きながらすれ違うスタッフ達を労っていた。
「おつかれぇ、おつかれさんなぁ。ほんま君ら働きものやなぁ。ちっとは休憩せんとあかんでぇ」
スタッフ達がすれ違う男を見上げて笑い返す。
「いやぁ、こんな面白い場所ないですよ。ナンダさんもナーガさんも良い人ですから」
緑髪の男――ナーガが微笑む。
「おおきになぁ。おっと、狭いから気をつけぇ?」
ウロボロス商会の段ボールに足を引っかけ、転びそうになった女性スタッフをナーガが支える。スタッフが恥ずかしそうに笑った。
「ありがとうございますナーガさん」
「ええてぇ~。お仕事がんばってなぁ~」
はい、と弾んだ声でスタッフが駆けだす。その姿を見て、ナーガは「あちゃ~また走り追ったわぁ」と額を抑えた。
ナーガが段ボールを隅に動かしていると、また一人廊下をスタッフが走ってくる。
「マネージャー!」
「えぇ~わいマネージャーじゃないねんけどなぁ」
「じゃあナーガさん!」
「えぇ~、結局わいに報告するんねぇ? ええよぉ、聞いちゃうわぁ。なんねん?」
「ナンダさんがいません!」
「えぇ? ナンダのおっちゃんおらへんのぉ? なんでやねん」
ナーガが盛大に脱力する。深刻そうに報告をあげたスタッフが苦笑した。
「ええ~、今日おっちゃん仕事あったよなぁ? あれ、なかったっけぇ?」
「ディアナさんのマネージャーのルカさんが、SNS対策について話したいと」
「あちゃ~ウォッシングミュージックの人来てはるん? 参ったなぁ、わいなんも分からへん。誰かナンダのおっちゃんの行き先知ってる人おるぅ?」
通りがかったスタッフがナーガを見てくすくすと笑んで口を開く。
「なんだかディアナさんの友達の家に行くって言ってましたよ」
ナーガの瞳が細くなった。
「あかん、あかんなぁ~ボス、マフィアのボスが軽々しく素人さんの家行ったらあかんやないかぁ。えぇ、今度菓子折り用意して行った方がえぇかなぁ? あぁ、そんなことよりルカさんかぁ。わい過労で死んでまう~」
ナーガが長身を丸めてとぼとぼと歩く。スタッフはそれを見てまた笑っていた。
◇◆◇
食事は速攻で終わった。当たり前だ、元から四人分しか作っていないのに追加でふたり。それも一人は大食らいのクマのベスティアだ。一瞬で鍋は空になった。
そんな訳で、ディアナは謝り倒した上でコンビニへダッシュした。ペルテテーが食後のコーヒーを淹れ、ナンダはオライオンを相手していた。
「なあなあ、ディアナはどうだ? こう、いい女だろう? オライオンくん的には、ほら、こう、なんか、なあ?」
「そうだな、男からしたら理想の女だな。まず人を良く見ている。しかも距離のつめ方がうまい。性格もいい。え……なんで彼氏いないんだ?」
「だろう! 男の影が微塵もないんだ! あいつ、もしかして男へ求める条件高すぎるんじゃないか!」
「そうか? うーん、そうは見えないような気がするんだが……」
はっ、とナンダが何かに気づく。
「もしかして俺か! マフィアのボスの娘だからか! おおう、なんてこった!」
「それは違うんじゃないか? 男側に見る目がないだけだろ」
「そうかぁ? 俺娘に迷惑かけてない?」
「いや、それは知らんが……」
「やっぱ俺かぁ!」
おんおん、とクマが泣く。まあまあとオライオンがナンダをなだめている。正義の味方がマフィアのボスをだ。すごい光景である。
「俺はいい女だと思うぞ? ただ出逢いって奴が来てないだけなんだ。のんびり待てばいいんじゃないか?」
がばっとナンダが顔を振り上げ、オライオンを見つめる。その表情には切実さがあった。
「うちの娘を頼む! 俺ぁ君がいい!」
「なんで俺になるんだよ。娘の意向を無視するなよ。いまのやり取り聞かれたらまた蹴られるぞ」
「うん! ディアナの蹴りは俺の腹にはちょうどいいんだ!」
「あれ、急に会話が通じなくなったぞ?」
オライオンが困惑した顔でぺしぺしとナンダを叩く。
部屋の隅で眺めていたハルキの右隣で、フェンが耳打ちする。
「のう、ぬしよ。あのままにさせてええのかぇ?」
「いいんじゃない? なにも問題はないさ」
「まぁそうなんだがの、我としてはディアナ殿がオライオンに取られてしまいそうでハラハラする」
「ファンなら恋人ができることを喜べばいいじゃないか」
「む、確かに、ディアナ殿の幸せは我の幸せ!」
まあ、あの二人が恋愛的に意識し合ってるかなどまったく分からないのだが。
「ペルテテーはどう思う?」
左隣に座るペルテテーはコーヒーを飲みながら言う。
「ん、流れに任せればいいんじゃない? よそから何か言う必要ないでしょ」
「それもそうだね」
ともあれ、ナンダはディアナへの愛情を語り、結局はオライオンへ娘を押し付ける流れへと戻っていく。
「なあなあ、やっぱディアナいいだろ? たぶん稼ぎもいいぞ?」
「いや、俺は別に稼ぎで人は見ないぞ」
「うんむ、じゃあ、美人だぞぉ?」
「それは否定しない。自然と目が行くことが何度かある」
「だろう! 種族が違うから分からんがな、こう、ディアナは結構男に言い寄られるんだな。でもすぐにあしらっちまう」
「それは正解だ。見た目で寄ってくる奴は相手をしない方がいい」
「なるほど! ん、んん?」
そこで、ナンダが考え込んだ。うーんと首を右に傾げ、ついでに反対側へも曲げる。
「どうしてディアナはオライオンくんと仲が良いんだ? ハルキくんはペルちゃんがいるし」
「友達だからだろ」
「そうか! 友達だからか! じゃあ彼氏作んないのか……」
クマがまたしょんぼりした。完全に毛玉モードになっていた。
玄関が空く。どたどたとディアナがビニール袋を持ってやってくる。
「おとん! 変なこと言うてへんよな……ってなんで毛玉になっとるん?」
「お父ちゃんな、オライオンくんのこといい男だなって思ったんだ。でもな、お前たち、友達なんだよな? そうなんだよな。お父ちゃんしょんぼり」
「えぇ……これおとん絶対やらかしてるやん。すまんなぁオライオンくん、おとんの言ったことは気にせんでええから」
オライオンが苦笑する。
「別にいいさ。ディアナのことを本当に心配しているらしい。いい父親じゃないか」
「まったく、彼氏の有無でうちの価値が変わるわけがないっちゅうに」
「いい価値観だ。他者に依存しない自立心は俺にはないものだよ」
ディアナが目を見開く。
「……おとん、帰りぃ」
「えぇ?」
「いいから、はよ帰れ」
「うぅ、分かった。迷惑いっぱいかけたもんな。すまんなぁみんな、今日は帰るな」
哀れナンダ、娘に叱られとぼとぼと家を出る。
ディアナが唸り声をあげて髪をがしがしとかく。すぐに手を止め、一度息を出してオライオンの横に座った。
「ほんま堪忍なぁ。うちか、おとんが、オライオンくんの触ってほしくない場所、無遠慮に手ぇ伸ばしよったんよな」
「なに謝ってんだ。俺はただ事実を述べただけだ。らしくないんじゃないか?」
すっ、とディアナが顔を両手で覆った。
「あかんわ。これ……放っておけんわぁ」
なあ、とディアナが細い声で言った。
「オライオンくん、明日、デートしよか」
――SNSまとめサイト
「ディアナの彼氏騒動、あれディアナがパニくって言っちゃっただけらしいよ」
「自爆乙w」
「えー、あの銀髪の人イケメンだったじゃん。じゃあ誰? 友達?」
「ディアナに恋人とかありえない。グッズ全部燃やしました」
――このコメントは削除されました。
「次のライブチケット当たったああああ!」
「あの動画またカンフーっ子いたなw」
――このコメントは削除されました。
「別にアイドルで押してるわけじゃないんだから彼氏くらいいるだろ」
「これだから厄介ファンは困る」
「ディアナああああ! 俺は彼氏なんて信じないぞおおおお!」
「キャンディ舐めて歌聴きてぇ~」
――このコメントは削除されました。




