二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 6
あれから、歌姫はたびたび2LDKに顔を出すようになった。オライオンの出現時間も増えた。ペルテテーは同性の友人ができたからか、前より笑顔が増えた。フェンは相変わらずディアナで崩れ、カンフーで暴れている。
ハルキは朝から惰眠を貪っていた。金の心配はしなくていい。フェンは今日は出かけている。もうこれは脳を休めるべきと神が言っている。そうに違いない。
玄関の開閉音。ディアナの声。防音なのになぜ聞こえる。部屋の扉を見る。少しだけ開いていた。
閉めるか?
動くのが面倒だ。寝よう。
「ペルちゃんおはよぉ。シュークリーム買って来たでぇ」
「ん、ありがと。っていってもそろそろ昼だよ。今日はこっちで仕事?」
「そそ、午後から撮影あんねん。それまでちょっと居させてや~」
「お昼は食べてく?」
「ええの? 食べる食べるぅ! うちペルちゃんの料理大好きぃやわぁ」
「おだてても何もないよ」
「ほんまぁ? 顔に嬉しいって書いとるでぇ~?」
「もう、人の心を読むのはやめな」
ふむ、女子トークが始まってしまった。盗み聞くのは忍びない。仕方ない、ドアを閉めるか。めんどくさい。
「で、ハルキくんは? なんかフェンちゃんは今朝DMで、我より強いやつに会いに行くとか言っとったけど」
「ハルキなら寝てるよ。ああ見えて実はお寝坊さんなんだよ」
「あ、ほなちょうどえっか。ちょっと女子トークしよ。いま恋バナに飢えてんねん」
ちょっと待て。いま閉めたら色々と気まずいじゃないか。フェン、早く帰ってこい。どうせゲームセンターに行ってるだけだろ。なにが我より強い奴に会いに行くだよ。相手CPUだろ。
「ハルキくんとはどこまで行った? 先進んだぁ?」
やめてくれ。
「ん、ぼちぼち……かな」
「えぇ~っと、確かハグしてちゅ~して、たまに一緒に寝てって恋人やんかい!」
「でもその、肝心な一言というか、定義というかさ……」
「え~? もうハルキくんの全身から発しとるやん。ペルちゃん大好き! 愛してる! 君しかおらん! って、うちには見えるでぇ」
「そう、なのかな」
「好きでもない相手とハグしたりちゅ~したりせぇへんって。しかもあの天然人たらしやで? ちょっと女が欲しい思って行動したら即ホテル行きや」
「それは嫌だ。ハルキがその、他の女とそういうのは嫌」
「ああ、堪忍なぁ。そういうことじゃないねん。女に興味があれば男はそういう行動とんねん。でもハルキくんはちゃうやろ? だけどペルちゃんとはそういうことするねんで? もう決まっとるやろ」
やめてくれ、僕の深層心理を言葉で解体しないでくれ。
「それは……確かにそう」
「せやろ? うちで例えてみよか? うちラッパーだから派手やろ? 肌も結構出しとるしな。もう男らの視線やばいでぇ? ちょっと隙見せようもんならもう来よる来よる。うちが取引先の人らにどんだけ口説かれてるんか教えてあげたいくらいや。で、ハルキくんや。うちが下ネタふっても動じん、それどころか話すときは目ぇしか見とらん。異常やで?」
「……ハルキは異常じゃないもん」
「ああ、ほんまうちって奴は、堪忍なぁ。そういう意味じゃないねん。普通の男が魅力的な女……あー、めっちゃ自信過剰みたいで恥ずかしいけど一旦おいとこか、そういう女に意識するんよ。普通の男はな? でも、ハルキくんみたいに自制心が強い人はそうならへん。その意識が全部好きな人に向かうんよ」
「えっと……それは、つまり……」
「ハルキくんはペルちゃんしか見てへん。恐ろしいほどに一途や。行動が雄弁に関係を定義しとる。これ以上は求めんでもええんやない?」
心臓がうるさい。身体が異様に熱い。
「……ディアナ。お願いがあるんだ」
「なんやなんや、なんでも言ってみ?」
「五分、ううん、一分だけここ離れていい?」
「ええよ、行ってきぃ」
どたどたと床を蹴る音。扉がばんっと開かれる。ハルキとペルテテーの目が合う。鬼の乙女が熟れたリンゴのように真っ赤だった。
「聞いてた?」
こくり、とハルキは頷く。
ペルテテーの声にならない悲鳴。足をばたばたさせて、でも表情はすごく嬉しそうで。
ペルテテーが最高の笑顔で言った。
「ハルキ、大好き」




