二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 7
ソファーで隣に座るペルテテーが近い。もはや壁はないとばかりに身体を密着させているから、理性がどんどん削られていく。離れた場所で座るディアナがにやにやしながらこちらを見ている。
「おっと、そろそろ時間やわぁ。仕事いかんと!」
こいつさっき昼食べてくって言ってたじゃんか。
ハルキの念力も虚しく、ディアナがちゃっちゃか荷物をまとめると、リビングの入口で振り返る。
「それじゃお二人さん、楽しゅう過ごしてやぁ~」
ぺしっと敬礼したディアナがどこどこと廊下を走っていく。
ふいに、玄関が開く音。
「んお、ディアナいたのか」
「おっ、オライオンくんやん。いまはマズいでぇ」
ハルキの脳が閃く。
「オライオン! 話があるんだ!」
ぷすー、と隣のペルテテーが頬を膨らませている。だがある意味でこれはいま言う必要があった。
「なんだハルキ、話って……俺帰った方がよくね?」
リビングに来たオライオンが頬を引きつらせる。その後ろで、戻ってきたディアナが天井を仰いでいた。
言いたいことは分かるが、フェン以外の人間が揃っているこの状況は稀だ。できればいま確認しておきたい。
「悪いけど帰宅はお預けしてくれ。本気で真面目に話がしたい」
オライオンから表情が消え、無言で机の席に着く。
「えっと、うち居た方がえぇ?」
「できれば居てくれると助かる。あいにくこの手の知識がないんだ」
「そう? じゃあ聞くわぁ」
ディアナも席に着く。ペルテテーは身体を離して普段の表情に戻っていた。
ハルキはかねてより考えていたことを口にする。
「引越ししようと思うんだ」
オライオンの顔に疑問。
「……それいま言うことなのか?」
「フェンがいない今がチャンスだ。場をかき回される前に確認しておきたい」
全員が沈黙。やがて、それぞれ無言で頷いた。どうやらフェンの嵐は全員の共通認識になっているようだ。
「で、なんでいきなり引っ越しなんだ?」
「うちはいま三人暮らしだ。なのにリビングを除けば部屋がふたつしかない。それに、最近はオライオンにディアナもよく来るようになった。それと事務所設立の件もある。折角なら一切合切決着をつけようと思ったんだ」
ふむ、とオライオンが顎に指を添える。
「事務所兼自宅を作る、あるいは借りるって話か」
「そういうことだね。だから君も来るといい、オライオン」
オライオンから表情が落ちた。ペルテテーが言葉を滑り込ませる。
「ハルキ、お金あるの?」
完全に失念していた。ペルテテーに伝えていなかった。
「ペルテテー、僕の口座にはいま五億ある」
「ごっ、ごっ⁉」
ペルテテーが金額を聞いて固まった。さすがの庶民感覚である。だが、もうじき彼女の口座にも一億近く振り込まれるのだ。同じショックを味わうといい。
「ハルキくん、実はお金持ちやったんやなぁ……」
ディアナが衝撃を受けた表情をしている。芸能人でも驚くレベルらしい。やはり振り込まれた際の自分の反応は間違っていなかった。
「で、どうだいオライオン。君は事務所の代表になる予定だろう? お金は僕が出す。君はただ引っ越してくるだけでいい」
「それってうちも混ざってええん?」
「ゲストルームって形になるかもしれないけど、使ってくれて構わないよ」
「ほんまにぃ? ならうちも資金だそっかなぁ」
ハルキはオライオンを見る。彼は確実になにかを隠している。孤独は身を蝕む。なら取っ払ってしまえばいい。
「ハルキ……俺は――」
ハルキはオライオンの言葉を手で止めた。聞くべきはきっと今じゃない。ただ、言うべきことはあった。
「オライオン、かつて僕が君に言ったことを覚えているかい? 僕らは君らへ信頼を託した。その返事が裏切りであれなんであれ、最後に笑い合えるなら過程はなんでもいいって。これは君にとって答えにならないかい?」
「……ああ、やっぱりお前は天才だよハルキ。的確に俺の急所をついてくる」
「知らなかったかい? 僕は身内には結構甘いんだ」
「……知ってるよ。俺もお前にたらされたひとりだからな」
オライオンが両手を挙げる。降参宣言だ。隣のディアナが涙ぐんでいた。
「うちいますごい良いもん見たわぁ。うわ、泣きそうや」
ディアナがハンカチで目頭を押さえる。
「ディアナ、良ければ洗面所を使っていいよ。場所は知ってるよね?」
「もう、ほんま助かるわぁ」
ディアナがリビングを出る。
べこん、と玄関で不穏な音が鳴る。とたたたた、とフェンが飛び込んでくる。
「勝利した我、帰宅!」
胸を張ったフェンが、どやぁという顔をしていた。ハルキとペルテテーの視線が合う。お互いに頷く。ふたり共に竜の両脇に立った。
「お、なんぞ? 我の勝利を祝ってくれるのかぇ?」
額がピキっと音を立てた。
「玄関は」
「静かに入りなさい!」
ハルキとペルテテーの拳がフェンの頭に振り下ろされる。




