二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 5
燈色の照明が照らす店内の個室。五人はハルキたち御用達の飲み屋で夕食を取っていた。
「なんやぁ、オライオンくん、クリスタルラインの人やったんかぁ。男前で気づかんかったわぁ」
「元な、元。いまじゃ勘当されてただの人だよ」
「そやそや、オライオンくんはオライオンくんや。家柄なんて人のラベルのひとつにすぎん。影を持った好青年、女にモテんでぇ?」
ディアナが楽しそうにぺしぺしと右隣のオライオンを叩く。歌姫の左隣を陣取っていたフェンが、ぷくーっとむくれた。
「オライオンよ、ディアナ殿はやらんぞ!」
フェンが本日二度目の牽制を放つ。どうやらディアナに近づく男は無条件で警戒対象になるらしい。
「うちもフェンちゃんは誰にもやらんでぇ!」
急に歌姫に頬擦りされたフェンが、真っ赤になって胸を押さえる。
「我、幸せの極致……」
この竜、また気絶しないだろうか。
ハルキの隣では鼻歌を歌うペルテテーが、煮魚をフォークで切り取って口に入れる。その表情は幸福そのものだ。
視線に気づいたペルテテーが、にへら、と笑った。煮魚のほぐした身をフォークに刺して、ハルキの口へ向ける。
「はい、ハルキ」
「ん、いただくよ」
相変わらず煮魚は美味い。
「見た見た? あれで恋人じゃないんやって。不思議やなぁ」
ディアナが再びオライオンをぺしぺしと叩く。
「まあ、ハルキだしなぁ」
オライオンの雑な反応。
「分かる、分かるわぁ。ハルキくん、うちの下ネタぜ~んぶ素面でかわすんよ。うちびっくりしてん」
オライオンが呆れた目をディアナへ向けた。
「ほぼ初対面の男になにやってんだあんた……」
「他意はないねんで? ただちょっとからかおう思っただけやねん。でもな、うちとフェンちゃんが仲良ぅ手繋いでて、後ろでハルキくんが保護者としておるやん?」
当時の様子を思い出してるのか、ぷぷぷと笑いながらディアナが続ける。
「後ろからじゃうちの下着は見えへんで~? ぴったり股下五センチや! って言ったらなんて返したと思う? 失礼、女性の後ろをついて歩くのは失礼だったかな、って! なんやねんこいつ、紳士すぎやろ!」
「まあ、ハルキだからなぁ。そういう反応になるよな」
「ハルキくんの女たらしが仲間内で当たり前になっとる!」
「惜しいな。こいつは女たらしじゃない。人たらしなんだ。これを無自覚でやるから近づく奴らをポンポン落とす」
このふたり言ってることひどくない?
「ん、拗ねてないでこれ食べな」
ペルテテーが今度は切り取ったハンバーグをハルキの口に突っ込む。美味い。やっぱり世の中肉である。
「わぁ、また自然にやりおった。これ胸がきゅんきゅんするわぁ!」
「あのハルキがのぉ、我も感慨深いものよ」
ようやく復帰したフェンが酒杯を傾けながら会話に加わる。ディアナの前で平然と酒を飲むな。年齢設定をどうするつもりだこいつ。
「あれ、フェンちゃんなに飲んどるん? それお酒やないん?」
「む? ディアナ殿、これは心の滋養強壮剤よ。我にもたまには飲みたいときはある」
「もしかしてフェンちゃん、実は年上だったりする?」
盛大に自爆している。まあ、これくらいなら別に問題はない。
「フェンは実をいうと人族じゃなくてね。見た目はこれだけど、年齢は結構いってるんだ」
「え? そうなん? うち今日失礼なことしてないよなぁ?」
慌てるディアナに、なぜかフェンは余裕の笑みを浮かべる。
「ディアナ殿はいつだってぱぁふぇくとよ。我、ディアナ殿大好き!」
言葉の最後ではもうにやけていた。
からん、とオライオンが持つグラスの氷が割れる。
「そういえば、どうしてディアナは西区の箱でライブしてるんだ? 実力的には大きな箱でライブできるだろ」
ああ、とディアナが恥ずかしそうに笑う。
「実はうちなぁ、マフィアの娘やねん。孤児やったんやけど、いまのおとんに拾われてな。ラップ教わって、地元の広場で毎日ラップしててん。あそこの人ら、みんなめっちゃええ人らでな。よぅ褒めてもろうたわぁ」
ディアナの目が懐かしさで眩しくなったように細くなる。
「そんで、駅前でラップ披露したりしてな? いまの事務所に拾われたんよ。そしたらうちのおとんが気合入っちゃってな? 西区に箱作ってくれてん。そしたら歌うっきゃないわなぁ。あそこの人らはみぃんな応援してくれる。うちはそれに応えたいんよ」
オライオンはただグラスを眺めている。その瞳は、どこか羨ましそうだった。そんな彼を、ぺちん、とディアナが叩く。
「もう、恥ずかしいこと話したんやから反応くらいしてやぁ。もぉ!」
「ああ、悪い悪い。いい父親じゃないか。それに、応援に応えようとするその姿勢、綺麗だな」
ディアナの目がオライオンの表情を見つめている。
無音。
何かが落ちる音を聴いた。そんな気がした。




