二章:楽園は我々一人ひとりの内にある 4
逃げ際にタクシーを拾い、やって来たのはまさかの自宅アパート。フェンのデートが一時間もせず終わった。さぞ残念だろう。
タクシーを降りたフェンを見る。なぜかにやけていた。
「ディアナ殿が、うちに、でゅふ、でへへ」
壊れてやがるこの竜。
「ほんま、堪忍なふたりとも。うちのせいで折角のデートを台無しにしてもうた」
同じく降りたディアナが拝むように両手を合わせて頭を下げる。
「なに、この手の逃走は奈落じゃよくあることさ。むしろ君の今後が心配だ。SNSで弁解、いや、マネージャーに連絡しておいた方がいいんじゃないかい?」
「ほんまや! いま連絡する!」
ディアナがバッグからスマホを取り出して電話を掛ける。フェンの手を取って距離を置いた。童女の前で何回か手をかざすが反応がない。額にデコピンを食らわす。返事がない。ほっぺをつねる。動かない。
駄目だ、完全にイカれてる。
とりあえずフェンをひっ掴んでおんぶする。部屋に入ったら無理やりにでも起こせばいい。
電話を終えたディアナが近づいてきた。
「マネージャーに押し付けてきたわぁ! これでフェンちゃんとのおうちデート再開や!」
一瞬、まだ見ぬマネージャーと胃が重なった気がした。
むく、と背中の竜が動く。
「おうちデート!」
ディアナの発言で覚醒したらしい。
「さあハルキ、ディアナ殿を家に案内するのだ!」
フェンが背中をバシバシと叩く。階段から転がしてやろうか。
ディアナを従えつつ階段を昇り、玄関へ向かう。ノブを捻って扉を開き、きっと安らぎが待っている部屋に入る。
ああ、どうやってこの状況をペルテテーに説明しようか。十秒後の自分に期待するしかない。
「ごめん、予定より早く帰ったよ」
リビングの入口に立って言葉を投げるも、返事はなし。ペルテテーとオライオンが机を挟んで座り、こちらを呆然とした顔で見ている。どうにも空気が重い。
うしろからひょこりとディアナが出る。
「こんにちはぁ~お邪魔しますぅ~!」
微妙な沈黙。
ペルテテーの目は混乱。オライオンが泣きそうな顔でひとつ笑い、立ち上がった。
「ハルキ、お前は天才だよ……。俺がキツイときにはいつだって助けてくれる」
訳が分からない。
ハルキの肩を叩きながら、オライオンは背後のディアナとやり取りしている。
ペルテテーが目頭を揉む。
「あんた……さすがに説明もらっていい?」
「もちろんだ。色々あってね、なにから話したものやら……」
我が説明しよう、とフェンが背中から飛び降りると、椅子の上に乗って両手を広げた。行儀が悪い。
「ディアナ殿とデパートに行ったんだが、民衆にバレてもうてのぉ。あわや悪党どもの手に掛からんとしたそのとき、ディアナ殿の手腕が光ったのだ!」
なにやらフェンが演説を始めた。
「ハルキを掴み、デート中だと宣言したのよ! これで悪党どもは狼狽し、ハルキを先頭として戦術的撤退をはかったのよ! どうだ、すごかろう?」
どの辺がすごいのかまったく理解できないのがすごい。ペルテテーが天井を仰ぐ。首をゆっくりと傾け、ひとつ嘆息してハルキを見た。
「とりあえず大変だったみたいだね」
ペルテテーにはあとでしっかりと説明しよう。どうも情報量が多くて混乱しているらしい。それに、変な誤解をしてもらっては困る。
すすっ、とディアナがペルテテーの隣に移動する。
「堪忍な、うちがパニくって勝手に言ってん。ハルキくんを責めんたって」
「え、あ、いや、別に私とハルキはそういう感じじゃ……」
「え~ホンマにぃ? 顔に書いてるでぇ~、うちの男に変な女がついてきよった、しばいたろか~って」
「あぅ……えっと、えっと……」
「うわ~可愛い反応やわぁ。ヤバい、お姉さんのこと好きになっちゃうわぁ。ねぇねぇ、ハルキくんとはどこまでいってん? うちにだけこそっと教えてや」
ほれほれ、とディアナがペルテテーの口に耳を向ける。鬼の乙女が目を閉じてこそっと囁く。
「うわぁ、うわぁ! ほんま? その先は? もっと、もっと聞きたいわぁ!」
ペルテテーが更に囁く。どうにも胃がぎりぎりと削られる。
「わぁ、ハルキくん大胆やなぁ。そりゃ女の子はみんな落ちるでぇ」
ペルテテーとディアナの応酬が続く。すっ、とハルキの前に薬品の瓶が差し出された。オライオンだ。
「胃薬いるか?」
「……もらうよ」




