序章:人間は自らの行動の中で、自らを定義する 2
黄昏時の東セクターの駅は大量の人を吐き出し、吸収する巨大機関だ。雪崩のような人ごみに紛れて、ハルキ達は駅から外へ出る。
うつらうつらとしているハルキの腕をペルテテーが支えている。背後では前衛ふたりが腹を押さえながら、後衛ふたりの後に続いていた。駅前の巨大スクリーンが今日は白虎製薬のCMを流している。ロータリー周辺では、いつも通りメジャーを夢見るバンドたちが曲を響かせている。今日はバラードのようだ。
駅前の地下駐車場にたどり着くと、オライオンがさっと運転席に座り、フェンが助手席へ。ハルキはペルテテーに手を引かれて後部座席に座る。
エンジンが掛かり車が進む。道路を走っていると、最近ではお馴染みになりつつある集団が街路に広がり、先頭では「ユニオンの経済的搾取を許すな!」の横断幕を広げている。バックミラー越しにオライオンと何度も目が合う。なんだろうか。言ってくれないと分からない。
「あの、今日の夕食ってさ……」
どうやら供給を停止された食料の話らしい。
「自分の家で食べれば?」
ペルテテーの返答は冷たい。
「仕事した日くらい一緒に食べさせてくれよぉ!」
「のぅ? わ、我の夕食って、あ、あるよのぉ?」
フェンがそろりと後部座席に振り返り、おずおずと聞く。ペルテテーの二度目の返事は朗らかだった。
「なんであるの?」
ぴきり、とフェンの表情が崩れる。
「お、オライオン! どうしよう、我今日死んじゃう……!」
「お菓子だ。お菓子で食いつなぐんだ!」
この二人、情けなさすぎないだろうか。本気で怒ったペルテテーは恐ろしい。ハルキも彼女だけは敵に回すまいと改めて誓う。
しばらくしてアパートが見えてくる。車が敷地内の駐車場で停まる。ハルキはペルテテーと一緒にのそのそと部屋へ向かう。残りふたりが後ろをとぼとぼとついていく。
2LDKのリビングに入る。
「ハルキ、夕食まで寝る?」
こくん、と頷くとペルテテーがハルキの身体を支えてベッドまで運んでくれる。横たわった身体に布団が掛けられる。ぽんぽん、と優しく叩かれる。
「できたら起こすから。ゆっくりしてて」
思わず、ハルキの腕が伸びてペルテテーの裾を掴んだ。
「うん? どうしたの?」
「……今日は出前でいいからさ。傍にいてくれないかい」
ペルテテーは目を少しだけ見開いて、すぐに柔らかく微笑んだ。
「ん……分かった、居るよ。でも、あのふたりにお願いだけしてくるから、ちょっとだけ待ってて。すぐ戻るから」
ハルキの手をゆっくりと離したペルテテーが部屋を出る。数分経って、部屋に戻った彼女がベッドの脇に膝を付いた。
投げ出されたハルキの手をペルテテーが両手で握る。
「眠たい?」
「もうちょっと、体温がほしい」
うん、と頷いたペルテテーが布団の中に入る。両腕をハルキの背中に回してゆるく抱きしめる。
「あったかい……」
「今日は疲れちゃった?」
「少しだけ。わがまま言ったね、ごめん」
いいよ、と呟いたペルテテーがこつんと額を合わせる。なんだか無性に寂しくなって、ハルキは彼女の背に手を這わせる。
「もうちょっとだけ、強くしてもらっていい?」
ペルテテーがハルキの頭を首筋に押し付ける。下から回された腕が、ぎゅっと強く背中を抱いた。
「ああ……暖かい……」
全身を包み込む体温が心を穏やかにさせる。でも感情はもっと何かを要求している。それがなんであるか、ハルキはまだ分からない。まどろみかけた意識は満足しているはずなのに、まだ足りないとどこかが訴えている。
贅沢な考えだ。欲は突き詰めれば際限がない。これ以上はきっとペルテテーの負担になる。
だから、もう寝てしまえばいい。何も考えず、彼女に抱かれたまま意識を手放せばいい。なのに、願いとは裏腹に頭はどんどん覚醒していく。訳の分からない渇望が唇からまろびでる。
「ペルテテぇ……欲しいんだ」
「うん」
「なにが欲しいのか、全然分からないのに、心がうるさいんだ」
「いいよ。満足できるまでこうしてるから。したいことがあったら、言っていいから」
喉の奥から嗚咽がこぼれた。
「私はね、ハルキ。あなたのことが、大切で大切で、たまらないの」
ペルテテーを抱く手に力がこもる。どうしても離せない。喉が震える。
「頭がしっちゃかめっちゃかになって、でも、最後に想うの。あなたの傍にずっと居たいって」
胸が痛い。適切に表せる言語が見つからなくて、もどかしくて、伝えられないことがこんなにもつらい。
「僕も、傍にいたい。もっと他に言葉があるはずなのに、どうしたって声にならないんだ」
「大丈夫。伝わったから。すごく、嬉しいよ」
「……お願いだよペルテテー。今日は、ずっと一緒がいい」
「うん、いいよ」
「片時も離れたくないんだ」
「うん、私も離れたくないから」




