序章:人間は自らの行動の中で、自らを定義する 1
神秘的な青昏い大気が渦巻いている。淡い光が瞬き、一見すれば田舎の夜空よりも美しい光景。地面は夜もよりも深い漆黒。なにも映さず、反射すらしない。
こんな不可思議な空間の中に、異様な存在がひとつ。
縦に伸びた銀色の巨大な八面体。高さは十メートルを超えている。これを中心として、小さな八面体が衛星軌道を取るように無数に回っている。八面体の中心にはこれまた大きい目玉が鎮座しており、あらゆる方向を黒目が眺めている。
回る小さな八面体のひとつが軌道から外れる。中空で止まり、白い光が一気に収束、一条の光線を発射した。音もなく着弾するも、標的となった白い壁は無傷。
「ルミナスレイって名前から推測してたけど、これは厄介だ」
ハルキの足元には七つの薬莢。全力展開した壁でなくば今の一撃でおしゃかだ。
「ここの小奈落は難攻不落だ。片づけないと被害が広がる。動くぞ!」
オライオンが叫びつつ右へ迂回を開始。抜いた魔杖剣《クリスタルラインⅣ》の黒い刀身が闇に消える。
「おうおう、今日も変わらず滾るのぉ!」
フェンは魔杖棍《青竜三爪》を背に添えて左へ旋回。猛烈な速度でルミナスレイへ近づいていく。
ぎょろ、とルミナスレイの目がフェンを捉える。小さい八面体が二つ動きを止め、光の収束が始まる。瞬き放つ寸前、爆炎が上がった。遅れて爆轟がハルキの白い壁を激しく叩いた。
「はっ……!」
ペルテテーの笑い声がかすかに背後から届く。両手に持つのは魔杖双剣《赤鬼と青鬼》だ。
腰を落とし、右の赤鬼を目標へ向け、左の青鬼を下ろした砲撃態勢となったペルテテーに当てられない敵などいない。
弾倉交換が終わり、ハルキは魔杖短剣《支配するイデア》の薬室へ初弾を送り込む。今日も今日とて魔弾消費が激しい。経費の悩みはいつだって脳内から離れてくれない。
小型八面体が次々と動きを止め、光を瞬かせる。そのたびにペルテテーの爆裂魔法が直撃し、一度たりともレーザーを放たせない。圧倒的な魔法精密力。
迂回して距離を詰めたフェンが一気にルミナスレイへ向かう。八面体の目に憤怒。瞬時に結晶の群れを生み出し、童女へと殺到する。
フェンの右手がスイッチを切り替え、青竜三爪が棍から三節棍へと変形する。両手で棍を軽く握り、童女が宙を舞う。棍の軌跡が幾重もの円弧を描く。結晶の群れが一瞬にして叩きつぶされる。
「さすが我の武器。ほれぼれするほど頑丈よ! そしてぬしよ、残念。我はおとりよ」
一閃。
ルミナスレイの身体に一文字の線が入る。オライオンが剣を振り抜き、フェンの隣に移動していた。直後跳躍、身体を捻り空中から八面体を眺める。
「人類のために、お前は邪魔だ」
重力による自由落下と共に、オライオンがルミナスレイを縦に斬り落とす。八面体の目が嘆きに変わる。身体に引かれた十字の線に沿って身体が四分割される。
宙に浮いていた小型八面体がごとごとと落ち始める。ルミナスレイの目が弾けて消えた。
小奈落が消えてゆく。世界に白い霧が戻ってくる。発生から約一年。難攻不落の敵が落ちた。ルミナスレイの残骸である大きなマナ結晶をオライオンが取り、剣を天へ掲げた。
「今日も完全勝利!」
フェンは武器の形状を棍へと戻して肩に担ぐ。
「今日は蒸しパン食べたいのぉ。あま~い奴が良い」
「ん、屋台で買ってこうか。西セクターなら出店多いし、帰りがけに買ってこうよ」
ペルテテーが右手首を回してフェンの話に乗る。ハルキは頭で弾いていた計算機を止める。どうやら脳も糖分を求めてストライキをし出したようだ。
「とりあえず、今日くらい誰か運転変わってくれない?」
「我子どもだから無理~」
ててててとフェンが小奈落の外へ止めたレンタカーへ走る。
「ハルキの車なら運転するけど、レンタカーは保証が怖い」
さりげなく酷い言い草でオライオンもフェンの後に続く。
思わず項垂れたハルキの肩にペルテテーが優しく手を乗せた。
「ごめん、私運転したことなくて……。助手席でおやつ口に入れればいい?」
「気遣いありがとう。でも奈落運転中は気を散らせないんだ」
「ん、そっか。いつもごめんね。なにかで必ず返すから」
ペルテテーの優しさが心に染みる。前衛の二人は彼女の思いやりを少しでも見習ってほしい。今日西セクター近くの小奈落に来た理由も、ふたりがたまには遠出したいとか抜かしたからだ。お陰様で電車で西区まで訪れ、レンタカーを借りて運転する羽目になっている。
「ねえ、ペルテテー」
「うん?」
「僕はね、最近常々思ってるんだ。あの前衛共は一度滅びた方がいい」
「ん……今日はいい抱き枕を貸してあげる」
「新しい枕買ったのかい? 最近悪夢でうなされるんだ。ふたりのせいで破産する悪夢を……」
「大丈夫大丈夫、今日は安眠できるよ」
さあ行こう、とペルテテーに促されてレンタカーへ戻る。
レンタカーの外で待っていた二人が騒ぎ出す。ハルキが車のキーを持っているから入れないのだ。
「ぬしよ、遅いぞ! 我の口はもう蒸しパンを待っているのだ!」
「そうだそうだ! 蒸しパン食べに行こうぜ!」
無言で近づいたペルテテーが、ふたりの頭に双剣の柄頭を思い切り叩きつけた。頭にたんこぶを作った前衛ふたりが強烈な痛みに呻いた。
「あんたら、今日はご飯抜き。ハルキに謝罪と感謝しな」
「あぅぅー……」と膝を落としたフェンは涙目になっている。
「ぐぉぉー……」オライオンは本気痛がっている。
ペルテテーが両手を振り上げる。前衛ふたりの小さな悲鳴。
「は・や・く」
「すみませんでしたー!」
二人がその場で土下座した。
「ハルキ、いつも感謝してる! そうだ、今日は俺が運転する! 大丈夫だ! 任せろ!」
なんだろう、オライオンの声がすっごく薄っぺらい。
「ぬしよ、我もぬしには感謝しておるぞ! 肩揉むか? それともアメちゃん?」
食べ物を人質に取られたフェンは必死だ。
「じゃあオライオンは運転席行きな。フェンは助手席で索敵とアヴェスター退治。ハルキは私が後ろで甘やかすから邪魔するんじゃないよ」
鍵を受け取ったオライオンと、ハルキの足元で縋りつくフェンが顔を見合わせる。
「返事は?」
ペルテテーの冷たく、冴えた声。
「はいぃ!」
ふたりの返事が、とてつもなく情けなかった。
すぐさまオライオンとフェンが所定の位置に着く。ペルテテーが穏やかな表情でハルキを後部座席に座らせると、すぐ隣に陣取った。
「じゃあさっさと出発しな」
「分かりましたボス!」
オライオンが運転を開始。フェンは逃げるように窓を開けて車上に移動する。状況があまり呑み込めていないが、今日は運転せずに済むらしい。ペルテテーに感謝である。
「ん、ハルキ」
ペルテテーが自分の膝をぺちぺちと叩く。どうやら膝枕をしてくれるらしい。疲れた脳には休眠が必要だ。ハルキは考える間もなく、頭を彼女の太ももに預けた。すべすべとした肌が心地よい。帰り道はゆっくりできそうだ。




