60「回復へ」
シュウはカイルの枕元に腰を下ろし、そっとその手を握った。
冷たさの残る掌に自分の手を重ね、治療士から渡された《魔力貯蔵器》をもう片方の手で強く握る。
「……カイル。聞こえるか? お前を助けるからな」
答えは返ってこない。ただ、カイルは目を開いたまま天井を見つめているだけだった。
それでもシュウは信じるように声をかけ続けた。
「お前が好きだった黒ヤミも、ネリィの店も……全部まだ残ってる。だから、戻ってこい」
集中し、意識を深く沈める。
自分の体から流れる魔力をわずかに解き放ち、カイルの掌と《魔力貯蔵器》を繋ぐように導く。
――その瞬間。
カイルの身体がぴくりと震えた。
そして宝玉がかすかに光を帯び、内部に淡い煙のようなものが渦巻き始める。
「……き、光ったぞ」
ライラが小声で呟く。
治療士も目を細めて頷いた。
「成功だ……魔力が外へ流れ始めている」
だが次の瞬間、カイルの顔が苦痛に歪む。
額には汗が浮かび、歯を食いしばりながら、かすかな呻き声を上げる。
「待て、シュウ! 一気に引き出すな!」
治療士が鋭く声をかける。
シュウは慌てて魔力の流れを弱め、深呼吸をした。
宝玉の輝きはゆるやかになり、カイルの表情も少しずつ落ち着いていく。
「……大丈夫だ。少しずつ、だ。焦るな」
治療士の声が落ち着きを与える。
シュウはこくりと頷き、改めてカイルの手を握りしめた。
「わかった……時間がかかってもいい。必ず助ける」
宝玉は静かに光を増していき、部屋には張り詰めた沈黙と、かすかな希望の光だけが満ちていた。
シュウとネリィは交代で《魔力貯蔵器》を手に取り、慎重にカイルの体に流れる魔力を吸い出していった。
一度に引き出そうとすると危険が伴うため、作業は短時間に分け、日中はネリィ、夜間はシュウが担当する。
魔力が抜かれるたび、カイルの身体は少しずつ軽くなり、表情にも生気が戻っていく。
沈黙の中、時折カイルの小さな呼吸や微かな呻きが聞こえるが、それも次第に安定していった。
一週間が過ぎた頃には、カイルは寝たままではなく、座って周囲を見渡せるまでに回復していた。
「……ここは……?」
かすれた声でつぶやく。
シュウは笑顔で手を差し伸べ、カイルの肩にそっと手を置いた。
「俺たちがいる。もう大丈夫だ」
ネリィも隣で安心した表情を見せる。
「無理せず、少しずつだって言ったでしょ。これからは焦らなくていい」
カイルはまだ完全には力を取り戻していないが、意識ははっきりとし、シュウやネリィと会話もできる。
長く続いた不自由な日々の後、静かに、しかし確実に――日常が戻り始めていた。




