58「手紙」
シュウは静かに立ち上がると、布団の上のおばあちゃんと涙をこらえるミーシャを見つめた。
「……ごめん。もっと早く気づくべきだった。必ず何とかするから」
そう言って深く頭を下げ、足早に農園を後にした。
心臓は重たく脈打ち、手に握りしめた湖水の瓶が汗ばんで滑りそうになる。
――急いで帰らないと。カイルのためにも、そしておばあちゃんのためにも。
ナード農園から戻ったシュウは、まだ寝息を立てているカイルの横で静かに机に向かった。
ランプの小さな灯火の下、紙を広げてペンを握る。インクを落とす手は震えていたが、書き始めれば迷いはなかった。
――まずは伝えねばならない。
「……レオニードへ」
冒頭を書き出し、シュウは湖水の正体について記した。
ナード農園のおばあちゃんの証言――拷問の際に湖水を飲まされていたこと。
あの水がただの自然の恵みではなく、人を縛り、意識を絡め取る「道具」として利用されていること。
そして、谷で自分と風裂の牙が遭遇した武装集団の正体――アクル信教の過激派。
「奴らが湖水を掌握し、洗脳や儀式に利用しているのは間違いない」と断定するように書き連ねた。
最後に、震える手で一行を添える。
「カイルを救うためにも、湖水の秘密を暴かなければならない」
封を閉じると、シュウは深く息を吐いた。
その小さな封書が、状況をひっくり返す力を持つかもしれない。
だが同時に――過激派の影がより強く動き出す合図にもなるだろう。
「頼むぞ、レオニード……」
窓から差し込む夜風が、机の上の封書を揺らした。
シュウはレオニードに宛てた手紙を使いの冒険者に託し、深く息を吐いた。
だが胸のざわめきは収まらない。
カイルは依然として浅い呼吸を繰り返すばかりで、意識の光は戻ってこない。
外はすでに暮れ始め、作業小屋の中は重苦しい静けさに包まれていた。
「……待つしかない、か」
独り言ちたとき、外から複数の足音が近づく。
戸口を叩く音に振り返ると、そこには見慣れた一団の姿があった。
「シュウ!」
先頭に立つのは《風裂の牙》のリーダー、ザク。
その背後に、ライラ、フィン、そしてトモアが揃っている。
「おまえら……!」
思わず声が震える。
ザクは肩から下ろした皮袋を床にどさりと置き、にやりと笑った。
「言ってた湖水、持ってきたぜ。谷は相変わらず物騒だったがな」
「やっぱり武装した連中の痕跡があったわ」
ライラが険しい顔で続ける。
「幸い、今回は鉢合わせせずに済んだ。だが動きは確実にあるな」
フィンが慎重に言葉を選ぶ。
「量は多くないけど……これで少しは検証できるはず」
トモアが皮袋を軽く叩いた。
シュウは胸の奥に熱いものが込み上げ、拳をぎゅっと握った。
「……ありがとう。本当に、これでカイルを助けられるかもしれない」
仲間の姿を見た安心感と、湖水を得られた希望が、再び灯っていくのを確かに感じた。




