57「湖水の正体」
ミーシャに案内され、農家の奥の部屋へと通される。
部屋の中は薄暗く、干したハーブの匂いと古木の軋む音が満ちていた。布団に横たわるおばあちゃんは、やはり調子が悪いらしく、痩せた体を小さく震わせながら寝込んでいた。
「おばあちゃん……今日はずっとこの調子で……」
ミーシャが心配そうに布団のそばに膝をつく。
シュウは静かにうなずき、背負ってきた包みを解いた。中から取り出したのは、瓶に収めた湖水。瓶越しにも淡い光がこぼれ、室内の陰影をかすかに照らした。
「……試してみる。もしかすると、何かのきっかけになるかもしれない」
シュウはそう言って、瓶を慎重に傾けた。
ポタリ――。
透明な雫が数滴、おばあちゃんの唇に落ちる。
その瞬間、布団の上で横たわっていたおばあちゃんの体がぴくりと震えた。
次いで、閉じられていた瞼がかすかに動き、焦点の定まらない目がゆっくりと開かれる。
「……あ……ぁ……」
喉の奥からかすれた声が漏れた。
ミーシャが驚いて顔を上げる。
「おばあちゃん!? シュウさん、これ……!」
シュウは湖水の瓶を握りしめたまま、固唾をのんでその様子を見守った。
布団の上でおばあちゃんの目がかすかに開き、乾いた唇が震える。
「……あ……あの、水……」
ミーシャが慌てて耳を近づける。
「おばあちゃん、なに? なにを言ってるの?」
か細い声が続いた。
「……湖の……水を……あの人たちに……飲まされた……」
シュウの胸がざわついた。
「湖水を……飲まされた? 誰に?」
おばあちゃんは顔を歪め、記憶を掘り返すように声を絞り出す。
「黒い……フードをかぶった者たち……。谷に行く前……わたしを捕まえて……」
「拷問のように、口を開けさせて……無理やり……」
ミーシャは震えながら母の手を握りしめる。
「おばあちゃん……そんな……」
シュウの脳裏に、あの谷に入るとき妨害してきた一団の姿がよぎった。冷たい目をしていた彼らの正体――。
「……やっぱり……あのときの連中は……アクル信教の過激派だったのか……」
おばあちゃんの瞳に、ほんのわずかだが正気の光が戻っていた。だが次の瞬間、力尽きたように瞼を閉じ、再び深い眠りに落ちていった。
部屋に残されたのは、重苦しい沈黙。
ミーシャが涙をこらえながら顔を上げる。
「シュウさん……おばあちゃんを……助けてあげて……」
シュウは湖水の瓶を強く握りしめ、静かにうなずいた。




