56「湖水と洗脳」
レオニードの報告が一段落し、重苦しい沈黙が落ちた。
そのとき、寝台に横たわるカイルが小さく口を開いた。
「……みず……あの……湖水……」
弱々しく、掠れた声。うわ言のように繰り返す。
シュウはすぐにレオニードへ顔を向けた。
「――湖水、だ。昨夜から、カイルが何度か口にしている」
「湖水?」レオニードが眉を寄せる。
シュウは頷き、低く続ける。
「俺たちが古代麦を見つけた谷にあった、魔力を帯びた水だ。濃すぎるくらいの魔力を含んでいて……俺は瓶に詰めて持ち帰った。それをネリィに見せたら“魔力水とは質が違う”と言っていた」
レオニードは腕を組み、難しい表情で考え込む。
「……カイルがその湖水を口にする理由はなんだ? 薬の影響で記憶の断片が混じっているのか、それとも……」
言いかけて口を閉じ、ふと目を細めた。
「いや、待てよ。取り調べの最中に奴らが湖水の存在を知っているかどうか、確かめてみる価値はある」
シュウは息をのむ。
「過激派が湖水に関わっているかもしれない、ってことか?」
レオニードは真剣な目で頷いた。
「そうだ。もし“湖水”が彼らの計画の一部なら……カイルの洗脳を解く手掛かりになる可能性がある」
カイルは再びうわごとのように「……湖……」と呟き、沈黙に戻った。
その声が、部屋にいる全員の胸をざわつかせた。
レオニードは話を終えるや否や、すぐさま立ち上がった。
「シュウ、俺は仲間の元へ戻る。湖水について知っているかどうか、捕らえた連中に問いただしてみる。結果は改めて伝える」
短く言い残すと、彼は足早に部屋を出て行った。
残されたシュウは、カイルの静かな寝顔を一瞥した後、瓶に収めた湖水を手に取った。
――カイルがうわ言で繰り返した“湖水”。何かが繋がっている。
ふと、以前ナード農園で見かけたおばあさんの様子が脳裏に浮かぶ。彼女の、どこか虚ろな瞳。カイルと同じ影を宿していた。
「……おばあさんなら、何か知っているかもしれない」
シュウは瓶を布で丁寧に包むと、荷を背負い、ナード農園へ向かった。
畑に着くと、ミーシャがちょうど水やりをしていた。シュウの姿を見て小首をかしげる。
「シュウさん? こんな朝早くにどうしたんですか?」
「……湖水のことで相談したいんだ。できれば……おばあさんにも、見てもらいたい」
ミーシャの表情が一瞬曇った。
「……おばあちゃんが?」
「そうだ。カイルが湖水のことをうわ言で繰り返していて……どうも、前に会ったときのおばあさんの様子と重なる気がするんだ」
ミーシャはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……分かりました。おばあちゃんに会ってください。ただ……今日は調子がいいかどうか、まだ分からないけど」
彼女に案内されて、シュウは古びた農家の奥へと歩みを進めた。
包んで持ってきた瓶の中で、湖水はかすかに光を帯びながら揺れていた。




