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52「それぞれの夜」

バリスタの作業小屋に戻ると、カイルはまだ眠ったまま布団の上に横たわっていた。

 額にはうっすらと汗がにじみ、時折小さくうめき声を漏らす。その姿は、いつもの快活な商人とはまるで別人だった。


 シュウはそっと水差しを確認し、枕元に置き直すと、自分は少し離れた作業台に腰を下ろした。

 「……俺にできるのは、待つことと、鍛えることくらいか」


 指先に意識を集中させ、静かに息を整える。

 淡い光がじわりとにじみ出し、部屋の空気が少しだけ澄んでいく。

 光の粒はまるで呼吸のたびに吸い込まれるかのようにカイルのそばに漂い、布団の上で淡く瞬いた。


 「……魔力を放つだけでも、少しは癒やしになればいいんだが」

 独り言をつぶやきながら、シュウは何度も呼吸と魔力の流れを繰り返した。


 カイルの顔にわずかに影が差し、その眉間の皺が一瞬やわらいだ気がした。

 それを見たシュウは、心の中で小さな希望を握りしめる。


 「大丈夫だ……必ず戻ってこいよ、カイル」


 作業小屋の夜は静かに更けていき、魔力の光とカイルの寝息だけが、そこに確かな命の気配を刻んでいた。


 夜の間、作業小屋でシュウがカイルのそばに付き添っている一方で、仲間たちはそれぞれの場所で暗く長い夜を過ごしていた。


 ◇


 レヴァンはカランサ評議会の執務室で、魔造管理庁へ急ぎの文をしたためていた。

 「アクル信教過激派による違法行為、及び住民への害。これ以上見過ごすことはできぬ」

 厳しい筆致で書き上げた抗議状を封蝋し、信頼できる伝令に託す。

 彼は窓の外を見やり、小さく息を吐いた。

 「……カイルが無事に戻らぬうちに、やつらを野放しにしておくわけにはいかん」

 その眼差しは、冷え切った夜の月明かりよりも鋭く光っていた。


 ◇


 ネリィは酒場のカウンターに肘をつきながら、耳をそばだてていた。

 店内では酒を求める冒険者や労働者たちがいつも通り騒がしくしている。だが彼女はさりげなく、話題をアクル信教へと誘導していく。

 「そういや、港の向こうの町じゃ妙な連中が祈祷を始めたって聞いたよ」

 「聞いた聞いた。労働者をただ同然で集めて、洗脳みたいなことしてるってな」

 「物資もどこからか流れてきてるみたいだぜ」

 ネリィは笑みを浮かべながら酒を注ぐが、その頭の中では点と点をつなげていく。

 ——やっぱり、この街だけの問題じゃない。広い範囲で根を張ってやがる。

 彼女の瞳の奥には、情報を武器に立ち向かう商人らしい鋭さが宿っていた。


 ◇


 一方、レオニード・グラフは港町のはずれにある小さな集会所に仲間たちを集めていた。

 「過激派の動きは日に日に活発になっている。各地の信徒を取り込みながら、信仰を盾にした暴力を広げている。……だが、我々改革派は違う」

 炎のように揺れるランプの光が、彼の真剣な表情を照らし出す。

 「信仰を人の支配に使わせはしない。むしろ、彼らを止めなければならない」

 仲間たちが次々とうなずき、資料を広げる。

 行軍路の地図、連絡を取った協力者の名前、潜入した仲間からの報告。

 レオニードの拳が机を叩く。

 「このまま放置すれば、また誰かが“失われる”。それは、俺たちの仲間かもしれないし、この街そのものかもしれない」


 ◇


 ——それぞれの場所で、それぞれの立場で。

 シュウの知らぬところでも、仲間たちは確実に過激派の影を追い、抗おうとしていた。

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