50「カイルの容態」
バリスタの作業小屋。カイルは布団に横たわり、目は半ば閉じているものの、呼吸は安定していた。シュウとレオニードは、少し離れた場所で静かに見守る。
「……カイル、無理せず、できる範囲で話してくれ」
シュウがそっと声をかけると、カイルはかすかにうなずいた。
「……教会で……礼拝……」
カイルの声は震え、途切れ途切れだ。シュウは耳を傾ける。
「俺……薬を盛られて……身体が……動かなくなって……」
レオニードも静かに頷く。改革派の教会での様子を理解しつつ、言葉を遮らず聞いていた。
カイルは続けて、礼拝の合図に合わせて体を動かさざるを得なかったこと、牧師の声に合わせて自分の意思とは違う行動を取らされたことを語り出す。
だが、話を進めるうちに、カイルの手がわずかに震え始め、目の焦点が定まらなくなってきた。呼吸も荒くなり、額には汗がにじむ。
「カイル……!」
シュウはすぐに声を上げ、手をカイルの肩に置いた。
「もうやめよう。今日はここまでにして、ゆっくり休め」
カイルの体を軽く支え、横になったまま布団にくるむ。
「……話の続きを聞くのは、無理に急がなくていい。今は休むことが一番だ」
シュウの声は落ち着いていたが、内心は強い焦りでいっぱいだった。
カイルは小さくうなずき、目を閉じる。レオニードもそっと身を引き、二人は静かに小屋の中で息をひそめた。
カイルを寝かせた小屋の中、シュウはふと窓の外を見る。月明かりに照らされる庭先には、静かに夜風に揺れる草木があった。
カイルの穏やかになった呼吸を確認しながら、シュウの頭にある記憶がよぎる。
——ナード農園のおばあちゃん。あの人も、長い間、外界の力に押さえつけられ、自分の意思を制限されていた。
あのとき、寝たきりの体で、目にわずかな生気を残しながらも、ミーシャに支えられて日々を過ごしていた。アクル信教に何をされたのか、洗脳や拷問の痕跡をシュウは聞いていた。
「……カイルも、あのときのおばあちゃんと同じ状況だったんだな」
静かに呟きながら、シュウは目の前の現実を噛みしめる。
薬で意識を操作され、礼拝に従わせられたカイル——あの無力感、体を思い通りに動かせない状況。
しかし、あの時のおばあちゃんも、少しずつ回復して自分の意思を取り戻していった。
「……大丈夫だ、カイル。あんたもきっと、また自由に動ける」
シュウは強く心の中で誓った。
そして、ふと机の上を見ると、黒ヤミの小瓶と、まだ試作段階のヤミシラの瓶が並んでいる。
「……酒も、俺たちも、まだこれからだ」
夜の静寂の中で、シュウはそっと小瓶を手に取り、翌日の準備を思い描いた。




