44「伝令」
翌朝。
麦畑のそよぐ音を聞きながら、シュウは小屋の前で仕込み用の器具を整えていた。
そこへ、馬蹄の音が駆け込んでくる。
「シュウ殿! 緊急の書簡だ!」
息を切らした伝令兵が、封蝋で固められた文を差し出す。
「……レヴァンから?」
訝しげに受け取ったシュウは、すぐに封を切った。
——内容を読み進めるごとに、その表情は険しく変わっていく。
『至急。商人カイルが港町カランサにて何者かに拉致された。
状況は不透明だが、酒造関係に絡んだ動きである可能性が高い。
汝は正式に酒造免許を所持する者として、今すぐにカランサまで来られたい。
評議会にて詳細を伝える。
——酒造部門顧問 レヴァン』
「……カイルが、連れ去られた……?」
喉が渇き、言葉がひどく重たく感じた。
ネリィが心配そうに覗き込む。
「シュウ、どうしたんだい」
「……カイルが危ない。しかも酒造に絡んでるかもしれない」
拳をぎゅっと握りしめる。
——酒造免許は既に取得している。
ならば、レヴァンの要請に応えるのが筋だ。
「ネリィ、仕込みは頼んだ。俺はすぐに出る」
「……わかった。気をつけて行きな」
外套を羽織り、黒ヤミを象徴する革袋を腰に下げ、シュウは馬にまたがった。
向かう先は、港町カランサ。
カイルを取り戻し、そして酒造を守るために。
薄暗い倉庫の中。
背中を荒縄で椅子に縛られ、カイルは乾いた吐息をもらした。
「……まったく、港町に来たってのに歓迎がこれかよ」
皮肉を口にしても、返ってくるのは冷ややかな沈黙。
フードをかぶった男たちが、数人。
その中央に立つひとりが、静かに口を開いた。
「……“黒ヤミ”を造っているのはお前だな」
「……ハッ、勘違いもいいとこだ」
カイルは鼻で笑った。
「俺は商人だ。酒を売るのは確かだが、造ってるのは俺じゃない。酒造許可を持った正式な造り手がやってる」
男の目が、ランプの火にギラリと光った。
「嘘を吐くな。あの酒は人を惑わせる“禁忌の酒”だ。我らアクルの教えに背く存在を、我らが見逃すと思うか」
「……聞く耳持たねぇな」
カイルは肩をすくめる。縄が食い込んで痛むが、態度だけは崩さない。
「いいか。あの酒は、きちんと許可を受けた人間が造ってるんだ。勝手に造ったもんじゃねぇ。お前らの妄想で罪人扱いされちゃ、こっちが困るんだよ」
フードの男は、低く笑った。
「許可? 法? そんなものは我らにとって無意味だ。神が禁じた酒を広める者は、すべて罪人だ」
カイルの胸に冷たい汗が流れる。
彼らに理屈は通じない。最初から答えは決まっているのだ。
(チッ……やっかいな連中に目ぇつけられたな)
それでも口角をわずかに上げ、カイルは言葉を返した。
「だったら、好きにしろよ。ただし……俺を消したって、酒は止まらねぇぞ」
その強がりに、フードの男の影が一歩近づく。
ランプの炎が、じわりと大きく揺れた。




