43「アクル信教過激派」
港町カランサでの黒ヤミの反響は想像以上だった。
《波止場の灯》の店内は連日大賑わい。異国の魚料理に合わせて飲む客、樽ごと買って船に積み込もうとする商人まで現れた。
「おいおい、こんなに早く無くなるとはな……」
カイルは笑いながらも、売上の帳簿を手に汗をかいていた。
試しに持ち込んだ黒ヤミの樽は、すでにすっからかん。
港町の胃袋と喉の渇きを満たすには、あまりにも量が足りなかった。
「こりゃ、一度シュウのところに戻らなきゃな」
そうつぶやき、夜の帳が下りた港の通りへと足を踏み出した。
潮風が吹き抜ける路地。
その角を曲がった瞬間、カイルの足が止まる。
——暗がりに、フードを深くかぶった影が三つ。
無言のまま、すっと道を塞ぐように広がった。
「……なんだ?」
カイルは商人特有の愛想笑いを浮かべつつも、腰の短剣にそっと手をやる。
だが次の瞬間、背後からも足音が迫った。
「おいおい、囲まれちまったか……」
振り返れば、同じフード姿の男たちが二人。合計五人。
港町のざわめきが遠く聞こえる。
目の前の影は、一歩、また一歩と近づいてきた。
「……黒い酒、ヤミと呼ばれるものだな」
低くくぐもった声。
「どこから持ち込んだ? 製造者は誰だ?」
カイルの額に、冷たい汗が伝った。
「……さて、あんたら誰だ? 取引の話なら日を改めて——」
言葉の途中で、影の一人が短剣を抜いた。
「答えろ。さもなくば……」
港の夜気が張り詰め、緊迫した空気が漂う。
カイルは一瞬だけ歯を食いしばり、心の中でつぶやいた。
——シュウ、悪いな。どうやら一波乱ありそうだ。
刃の冷たい光が月明かりにちらついた、その瞬間。
カイルは短剣に手をかけたが、すぐに悟った。
五対一では分が悪い。ましてや自分は商人、ここで無理に抵抗しても命を落とすだけだ。
「……わかった、ついていく」
ぎり、と歯を食いしばりながらも、カイルは両手を挙げた。
フードの男たちは互いに頷き、彼を囲むようにして暗がりの路地へと連れ去っていった。
遠ざかる足音。港町の喧騒の裏側で、それはあまりにも静かに進行していた。
だが、その一部始終を見ていた者がいた。
《波止場の灯》で働く若い給仕の男だ。
「や、やべぇ……カイルさんが……!」
彼は慌てて酒場へ駆け込み、バルドに報せた。
「なんだって!? あのカイルが連れ去られただと!?」
バルドの表情が険しくなる。港町の荒事は珍しくないが、今回は事情が違う。
黒ヤミを卸してくれた大事な商人、そして何より彼は旧知の仲間だ。
「すぐに評議会へ知らせろ! ……酒造関係のことなら、まずはレヴァン殿に通さなきゃ話にならねぇ!」
その夜、港町カランサの評議会館。
分厚い扉の奥で、レヴァンは届けられた急報に目を細めた。
「……カイルが、連れ去られた……だと」
彼の低い声が、重苦しい空気をさらに沈める。
「フードの男たち、か。……ふむ、噂通りに“あの連中”が動き出したということかもしれんな」
手元の書簡をぱたりと閉じ、レヴァンは立ち上がった。
「これはシュウにも伝える必要がある。——状況次第では、酒造どころの話ではなくなるぞ」
月が雲に隠れ、港町の夜が不気味に深まっていった。




