42「金色の樽」
市場の常連客から「他の町でも飲みたい」という声が出始めると、カイルはすかさず動いた。
「まずは顔の利く相手を頼るのが一番だ」
そう言って向かったのは、隣町の老舗酒場《金色の樽》。
扉を開けた途端、奥でジョッキを拭いていた大男が顔を上げた。
「おおっ……お前さんは!」
豪快な笑みを浮かべてカウンターから出てきたのは店主のバルドだった。
「カイルじゃねえか! 久しぶりだなあ!」
「バルド親父!」
カイルも手を広げ、再会を喜ぶように肩を叩き合う。
「元気そうでなによりだ。実は、今日はお前に見せたいもんがあってな」
そう言ってカイルが持ち出したのは、ひと樽の黒ヤミだった。
「……おお、これが噂の酒か。前に一口飲ませてもらったあの黒いヤツだな?」
「そうだ。正式に売り物にする準備が整ったんだ」
バルドは興味深そうに樽を見て、にやりと笑った。
「たしかに旨かった。香ばしくて、腹にずしっとくる味だったな……。だが、うちだけで出すにはもったいねえ。カランサの連中にも受けるはずだ」
ジョッキを傾け、懐かしい友の味を確かめるように一口。
「……やっぱりいい! こいつは広める価値があるぜ」
そしてカイルに向き直ると、声を張った。
「よし、俺が橋渡しをしてやる! 港町カランサに顔の利く店主がいる。紹介してやろうじゃねえか!」
数日後。
潮の香りが漂う港町カランサへと足を踏み入れたシュウとカイル。
異国の香辛料、魚介、布地が並ぶ大通りは活気に満ちていた。
バルドに案内されたのは、港でも評判の酒場《波止場の灯》。
「ここだ。俺の古くからの飲み仲間でな、気に入れば太鼓判を押してくれるはずだ」
店の前で腕を組んで待っていた逞しい店主に、バルドが笑顔で声をかける。
「おう、今日はとっておきの土産を持ってきたぜ!」
シュウは黒ヤミの樽を置き、緊張の面持ちで見守った。
店主が一口含んだ瞬間、目を丸くして口元をほころばせる。
「……こいつは……クセになる! 港の魚料理にも、燻製肉にも合うじゃねえか!」
「だろう?」
バルドが豪快に笑い、カイルが満足げにうなずく。
こうして黒ヤミは、港町カランサへの販路拡大の第一歩を踏み出したのだった。
——だが、酒場の喧騒の裏で、フードを目深にかぶった影が小さくつぶやく。
「……黒ヤミ、か。あれが異端の酒……」
賑わう港に、不穏な気配が忍び寄っていた。




