40「新しいツマミと商人カイル」
酒造免許を取得したその足で、シュウは作業小屋へ戻った。
だが、湖水の樽を開けて量を確かめると――半分も残っていなかった。
「……これじゃ、新しい仕込みは無理だな」
カイルが深く息をつく。
「湖水はまた《風裂の牙》に頼めばいいが、あそこは危険すぎる。今回は無理はしないほうがいい」
「そうだな……じゃあ今回は、黒ヤミに合う“決定版のツマミ”を見つけよう」
黒ヤミはすでに周囲で話題になっているが、飲むときに合わせる「定番おつまみ」がまだ決まっていなかった。
カイルはグラスに黒ヤミを注ぎ、一口飲んでからつぶやく。
「濃厚な苦味とヤミシラの香り……これは塩気だけじゃ物足りない。もう一段階、香りと旨味を重ねたいな」
二人は市場へ向かい、片っ端から試食を開始した。
スパイスの効いた羊串、塩漬けチーズ、ハーブバターのパン……悪くないが、決め手に欠ける。
日が傾きかけた頃、小さな屋台の前で足を止めた。鉄鍋の中で、刻んだタマネギと香草をたっぷり混ぜたミートボールがじっくりと煮込まれている。
試しに黒ヤミと一緒に口に入れると――濃厚な肉汁と香草の香りが、黒ヤミの苦味をやわらげ、逆にコクを引き立てた。
「……これだ!」
「黒ヤミの重さに負けない。しかも香りが合う」
二人はその場で大量注文し、作業小屋へ持ち帰ることにした。
こうして、黒ヤミの“新しい相棒”は「香草ミートボール」に決まった。
シュウは、バリスタの市場を歩きながら思案していた。
「やっぱり、この街でも広めないと意味がないな」
市場の中央広場には、週末になると露店や大道芸人で賑わうスペースがある。そこに長机と樽を並べ、黒ヤミとヤミシラ、フランクフルトと香草ミートボールの試飲・試食会を開く計画を立てたのだ。
バリスタの市場広場で行われた、ヤミシラと黒ヤミの試飲会。
おまけに、フランクフルトと香草ミートボールの試食も同時開催とあって、朝から広場は人であふれていた。
黒ヤミの濃厚な香りに誘われた労働者たちが一口飲めば、すぐに二口目を求める。
フランクフルトを頬張った若い冒険者は「これ……酒泥棒だ!」と叫び、仲間を連れてくる始末。
香草ミートボールの爽やかな香りは女性客の心をつかみ、「持ち帰りはないの?」と列が伸びる。
結果、試飲・試食会は大成功。
しかし――。
「ネリィの酒場でしか飲めません」
そう告げられると、客たちはこぞってネリィの酒場へ足を運んだ。
その日以来、ネリィの店は昼から行列ができるほどの大繁盛。夜には席が足りず、通りまで立ち飲み客があふれるようになった。
ネリィは忙しくも笑顔を絶やさず、カウンター奥で黒ヤミのジョッキを磨きながら、
「まったく……嬉しい悲鳴ってやつね」
と、幸せそうにぼやくのだった。
ネリィの店の大繁盛ぶりを、カウンター席で黒ヤミを傾けながら眺めていたカイルは、静かに口角を上げた。
「……この人気、放っておく手はないな」
閉店後、片付けの合間にカイルはシュウとネリィを呼び寄せ、テーブルに地図を広げた。
「バリスタでこれだけ反応があるなら、隣町や港町カランサ、それに内陸の宿場町にも需要がある。黒ヤミは日持ちするし、販路さえ押さえれば一気に広がる」
「でも、ヤミシラも黒ヤミも無限にあるわけじゃないよ?」とシュウ。
「わかってる。、黒ヤミをメインに売る。ヤミシラは酒場限定の“ネリィ樽”を作って、飲める場所を絞って希少価値を上げるんだ」
その場でカイルは行商の段取りをまとめ、数日後には馬車に積み込む黒ヤミ樽の横で、旅支度を整えていた。
「俺は販路の開拓に出る。シュウ、お前はこっちで新しいツマミの開発と市場の拡大を頼む」
こうして――
カイルは黒ヤミを携え、各地への販路開拓の旅へ。
シュウはバリスタ市場での試食・試飲イベントを続け、地元でのブランド力を固めることになった。




