39「乾杯と免許」
北山脈からの帰還数日後、バリスタの宿屋の広間には《風裂の牙》の4人がそろっていた。
長槍を壁に立てかけたザクは椅子に腰をかけ、弓使いのフィンは窓際で脚を組み、盾役のトモアはでかいマグを片手に笑っている。赤髪のライラはテーブルの上で短剣を器用に回して遊んでいた。
「約束の品だ」
シュウは大きな樽から琥珀色の液体をジョッキに注ぎ、テーブルへ並べた。芳醇な香りが一気に広がる。
「おぉ、これがヤミシラか!」フィンが目を輝かせる。
「古代麦と湖水でずいぶん苦労したが、おかげで最高の出来になった。報酬の一部として、今日は好きなだけ飲んでくれ」
さらに、炭火の上でじゅうじゅうと音を立てる串付きのフランクフルトを盆ごと置いた。肉汁の匂いに、トモアが目を細める。
「なんだこの香りは……くぅ、酒が進むやつだな!」
「外の世界の屋台メシってやつだ。まあ、おまけだと思ってくれ」
4人はそれぞれジョッキを手に取り、ぐいっと一口。
「……くぅ、強いけど旨い!」ライラが笑う。
「湖水の魔力が効いてるのか、後味が独特だな」ザクが感想を述べる。
湖水の話題になると、自然とあの北山脈でのやり取りが蘇る。
「湖は静かだったが、谷の入口は魔物だらけだったな」フィンが苦笑する。
「まあ、それも含めての仕事だったろ」トモアが頷く。
シュウは真剣な表情で言った。
「また頼みたい。あの湖水は、今後の仕込みに不可欠だ。定期的に汲んできてもらえないか?」
「もちろんだ。俺たちは場所も危険も分かってる。次からはもっと効率よく動けるさ」ザクが即答する。
ジョッキを掲げ、全員で乾杯。
酒と肉の香りが混ざり合い、バリスタの宿屋には久々に賑やかな笑い声が響いた。
翌朝。
バリスタの街はまだ朝もやに包まれていたが、シュウは背筋を伸ばして大通りを歩いていた。目指すは街の中央にそびえる灰色の石造りの建物――魔造管理庁。
広い玄関をくぐると、中は静まり返っており、革靴の音だけが響く。受付に座っているのは、眼鏡をかけた中年の担当官。机に積まれた書類から顔を上げることもなく、ぶっきらぼうに言った。
「……用件は?」
「酒造免許の申請に来た」
「はいはい、新規は半年待ちです。枠も限られてますからね」
面倒くさそうに書類をひっくり返すだけで、目すら合わせてこない。
シュウは、少し間を置いてから鞄から封筒を取り出した。深紅の封蝋には葡萄の紋章。
「これを見てもらえれば話が早いと思う」
担当官は無造作に受け取り、封を切った瞬間――手が止まった。目が文字を追うたびに、顔色が変わっていく。
「……レ、レヴァン審査委員長の……推薦状……!? 本物ですか?」
「本人が書いた。昨日、納品の礼として受け取った」
途端に担当官の背筋がぴんと伸び、声のトーンが180度変わる。
「これは……失礼しました! すぐに手続きいたします!」
その後の手続きは驚くほどスムーズだった。必要書類はすべてその場で用意され、印鑑も軽快な音を立てて押されていく。
「はい、こちらが酒造免許です。通常なら半年以上かかるのですが……推薦状があれば話は別でして」
「助かった」
免許証を受け取り、庁舎を出た瞬間、シュウは思わず空を仰いだ。
――これで、堂々と酒が造れる。




