38「納品と報酬」
数日後、バリスタの町が見えたとき、シュウは胸の奥の緊張がようやくほどけた。
北山脈から無事に帰還できた安堵と、背負い袋に収めた古代麦の重みが、じんわりと実感に変わっていく。
作業小屋に戻ると、カイルがすぐに机の上へ布を広げた。
「じゃあ、戦利品を見せてもらおうか」
シュウは布の上に青銀色の穂をそっと置く。
カイルが指で一つの穂を転がしながら感心したように息をついた。
「……これ、本物だな。レヴァンなら腰を抜かすぞ」
その言葉通り、翌朝には港町カランサへ向かう馬車を手配し、品評会審査委員長レヴァンのもとへ十五穂を納品した。
レヴァンは目を輝かせ、両手で古代麦を抱え込みながら言った。
「これは酒造りの歴史を変えるかもしれん……ありがとう、必ず結果を出してみせよう」
彼は何度も穂を撫で、深く息をつくと、机の引き出しから羊皮紙と羽ペンを取り出した。
「君には借りができたな。これを受け取ってくれ」
差し出されたのは、正式な酒造免許取得を推薦する文書だった。
「これがあれば、魔造管理庁も簡単には却下できまい」
シュウは深く頭を下げた。
帰り道、残り五穂を持ってナード農園を訪ねる。
「父さんから聞いたよ。古代麦を栽培してほしいんだって?」
シュウは頷き、穂を一つ差し出す。
「この麦を増やせれば、貴重な酒の材料になる。協力してもらえるか」
ミーシャは興味深そうに穂を見つめ、笑顔を見せた。
「うん、試してみる。発芽までは時間がかかるけど……成功させてみせるよ」
そのやりとりを横で見ていたカイルが、にやりと笑った。
「これで古代麦は未来につながるってわけだな」
古代麦の納品と栽培の手配を終えたシュウは、瓶に詰めた湖水を手に、ネリィの店の裏口を叩いた。
「やあ、シュウ。今日は珍しい顔してるじゃない」
ネリィがカウンター越しに笑いながら出迎える。
シュウは瓶をそっと置き、光を透かして見せた。
「北山脈で見つけた湖の水だ。少し魔力を感じたから、あんたに見てもらおうと思ってな」
ネリィは興味津々で瓶を受け取り、鼻を近づけて匂いを確かめ、指先で液面をすくって舌先に触れる。
次の瞬間、彼女の目が大きく開かれた。
「……こりゃ、ただの魔力水じゃない」
「違うのか?」
「魔力水に似てはいるけど、質がまるで違う。もっと濃い……いや、濃いだけじゃなく、精度が高いって言ったほうがいいかな。まるで魔力の純度を極限まで高めたみたいな水だよ」
シュウは驚きに眉を上げた。
ネリィは瓶を両手で持ち直し、真剣な顔つきになる。
「これ、保管方法を間違えると魔力が逃げるかもしれない。しばらくは冷暗所に置いて、できれば魔封じの瓶に移し替えることをおすすめする」
「そんなに貴重なのか」
「もし醸造に使えば、酒自体に魔力が宿るかもしれない。……ただし、飲む人間に何が起こるかは未知数だね」
シュウは瓶を見つめ、口元を引き結んだ。
湖水は、古代麦以上にこの世界で何かを変える切り札になるかもしれない——そんな予感が胸をよぎった。




