36「武装集団と谷の入り口」
エルマ村を発った一行は、北山脈の尾根に向かって進んでいた。
標高が上がるにつれて、足元の雪は腰までの深さになり、息を吐けばすぐに白い霧が視界を覆う。
「……風が変わったな」
先頭を行くザクが足を止め、長槍の石突きを雪に突き立てた。
ライラも剣の柄に手をかけながら周囲を見渡す。
「谷からの冷気じゃない。……誰か、いる」
フィンが矢をつがえて雪壁の影を狙う。
シュウも無意識に肩掛け袋を押さえた。中には試験用のヤミシラ調合セット――敵に奪われれば面倒なことになる。
そのとき、尾根の上で雪煙が舞い上がり、黒い影が三つ、姿を現した。
頭から足先まで黒い外套に包まれ、胸元に金色の刺繍が輝いている。村の老人が話していた武装集団だ。
槍と短剣、そして片手弩を構え、こちらを見下ろしていた。
「……あれが噂の連中か」
カイルの声が低くなる。
「谷の入口まで来てやがるとはな」
一瞬の沈黙――風が唸り、雪面を滑るように影が動く。
最初の一人が斜面を駆け下り、槍の穂先がザクを狙った。
金属がぶつかる高い音、火花。ザクが長槍で受け止め、雪煙の中で激しい打ち合いが始まる。
後方ではフィンが矢を放ち、トモアが大盾で弩の矢を弾く。
シュウとカイルは後退しながら、谷へ通じる細道を確認した。
「カイル、このままじゃ包囲される!」
「なら、風裂の牙が持ちこたえてるうちに抜けるぞ!」
ライラの剣が一閃し、黒外套の一人が雪に沈む。だが、残りは引かず、逆に包囲を狭めてくる。
山越えの直前、谷を守るかのように、敵影はしつこく道を塞いだ。
雪煙が吹き荒れる中、ザクが槍を大きく薙ぎ払った。
「今だ、抜けろ!」
その一喝に応じて、シュウとカイルは《風裂の牙》の背後から谷へ続く斜面へ駆け出す。
ライラが残る敵を牽制し、トモアの盾が大きく雪を弾き飛ばすと、その隙間から一行は一気に尾根を越えた。
後方から甲高い笛の音が響き、増援の気配が迫る。
「急げ、奴らは数で押してくる!」
フィンが振り返りざまに二本の矢を連射し、追撃の先頭を崩す。
尾根を越えると、眼下には深く切れ込んだ谷間が口を開けていた。
風は鋭く冷たく、雪の匂いの奥に湿った土の匂いが混じる。谷底は密生した針葉樹に覆われ、わずかな切れ込みが小道のように伸びている。
「……ここだな、谷への入口は」
カイルが息を切らしながら言う。
ザクが後方を確認し、険しい表情を見せた。
「追手が迫ってる。谷に入れば視界は切れるが、足跡は残る。雪が降り出す前にできるだけ距離を稼ぐぞ」
一行は雪の急斜面を慎重に降り、谷の切れ込みへと滑り込む。
上空から見れば、その動きはもう木々の影に紛れ、完全に追跡の目を逃れていた。
谷へ一歩足を踏み入れると、外の刺すような寒さとは違う、しっとりとした冷気が体を包む。
針葉樹の合間からは、どこか不思議な光沢を持つ草花――ヤミシラの仲間と見える植物もちらほらと姿を見せていた。
「この先に古代麦が眠っているって話だが……気配はただの麦畑じゃなさそうだな」
カイルの声が低く響く。
こうしてシュウたちは、追手を振り切り、北山脈の谷へと侵入したのだった。




