35「パーティーの実力と黒い噂」
宿場村を出発して半日、眼前にそびえる北山脈は白と灰の世界だった。
岩肌に張り付く雪は、まるで鋼鉄の鎧のように厚く、山頂は分厚い雲に覆われている。
吐く息は瞬時に白く変わり、指先がじんじんと痺れはじめていた。
「ここからが本番だ、気を抜くな」
先頭を歩く長身の男――長槍を肩に担ぐザクが、低い声で仲間に告げる。
背筋は真っすぐ、歩幅は大きく、雪道でも揺るがぬ足取りだった。
ザクの率いる《風裂の牙》は四人組。
鋭い目をした弓使いの青年フィン、巨大な盾を背負うガタイのいいトモア、そして腰に二本の剣を下げた赤髪の女剣士ライラ。
いずれも戦場慣れしており、足音すら無駄がない。
カイルは荷車の持ち手を握りながら、ぼやくように息を吐く。
「樽を置いてきたのは正解だったな……これ以上の荷は絶対にムリだ」
「忘れんなよ。古代麦を無事持ち帰るまでが仕事だ」
シュウは外套の襟を立て、雪明かりに目を細めた。
山道に入ってすぐ、フィンが立ち止まり、弓を静かに引き絞る。
「……氷牙狼。三時方向に三体」
白い毛並みが雪と同化するように動き、低く唸る声が近づいてくる。
ザクが長槍を回し、ライラに合図を送った。
「ライラ、前へ。トモアは俺の左を固めろ」
「了解!」ライラが雪を蹴り、大剣を構える。
次の瞬間、雪煙の中で金属音と獣の吠え声が入り乱れた。
トモアの盾が突進を受け止め、ライラの剣がその首を払う。
最後にザクの長槍が閃き、残った一体を雪に沈めた。
「……氷牙狼にしては近すぎるな」
ザクが槍先の雪を払いつつ周囲を見回す。
「山の中で何かが起きてるのかもな」
シュウは胸の奥に重い予感を覚えた。
古代麦はこの先の“雲海の谷”にある――だが、そこへ行くのは自分たちだけではないかもしれない。
氷牙狼との遭遇からさらに二時間ほど進むと、雪深い谷あいに小さな集落が見えてきた。
屋根には分厚い雪が積もり、煙突から立ち上る煙が寒空に溶けていく。
「ここが《エルマ村》だ」
案内役のフィンが村の入り口で足を止めた。
「物資を補給しつつ、古代麦のことを聞けるかもしれない」
村の広場に入ると、焚き火のそばで干し肉を炙っていた老人がこちらを振り返った。
「……旅の者か。こんな時期に山を越えるとは物好きな」
ザクが一歩前に出て、落ち着いた声で切り出す。
「俺たちは“雲海の谷”を目指している。古代麦を探しているんだ」
老人の顔がわずかに引き締まった。
「古代麦か……あれは谷の奥、霧の出る段丘に自生している。雪解けの水と魔力を吸って、黄金色の穂をつけるらしい」
シュウが思わず身を乗り出す。
「やっぱり、特別な麦なんですね」
「特別どころか……一粒で樽一杯分の酒の味を変えるって話だ」
老人は目を細め、声を潜めた。
「だが気をつけろ。この冬から妙な連中が谷をうろついている。黒い外套に金の刺繍……武器も一級品だ」
カイルが眉をひそめる。
「武装集団ってことですか?」
「そうだ。村に手を出すことはないが、古代麦を見つけたら容赦なく奪うだろう」
そのとき、村の反対側から風裂の牙のライラが戻ってきた。
「ザク、村の物資は手に入った。でも……あたしも聞いた。谷に向かった旅人が、帰ってきたのは半分だけだって」
雪煙が足元で渦を巻く。
山は静かだが、その奥で何かが蠢いている――そう感じさせる空気だった。
ザクは仲間を見回し、短く言った。
「予定通り谷へ向かう。ただし……全員、常に戦闘準備だ」




