34「出発、情報収集」
護衛パーティー《風裂の牙》との契約を済ませたシュウとカイルは、作業小屋に戻るなり荷造りを始めた。
依頼主は港町カランサで出会った審査委員長レヴァン。
彼が個人的に求めている「古代麦」は、北山脈の高地にのみ自生し、収穫期はごく短い。来年まで待てば再び芽吹くが、その時は味も香りも落ちてしまうという。
「だからこそ、今すぐなんだな」
カイルが荷袋に乾燥肉を詰め込みながら言う。
「そう。古代麦は魔力を帯びやすいから、加工すれば黒ヤミにも応用できるかもしれない」
シュウは腰の水筒を確認し、干し魚の束を荷に加える。
そこへ《風裂の牙》のリーダー、長槍を持った長身の男ザグが顔を出す。
「準備はできたか? 北山脈は道中の谷に“氷牙狼”が群れてる。戦闘になる前提で進むぞ」
「戦闘は任せる。俺たちはあくまで古代麦の採取が目的だ」
シュウの言葉にザグは頷き、短く「了解だ」と返す。
夕刻までに矢束、保存食、予備の火種袋、冬用外套が揃った。
最後にカイルが、北山の寒さ対策に温かい酒入りの皮袋をこっそり荷に忍ばせる。
「いや、持ち込み禁止とか言うなよ? 寒さで死ぬよりマシだ」
「……わかった。だが飲むなよ」
「誰が?」
とぼけるカイルの顔を見て、シュウは半分呆れた。
こうして、古代麦を求める北山脈行きの一行は、夜明けとともに旅立つ準備を整えたのだった。
北山脈へ向かう街道は、途中で小さな村をいくつも抜けていく。
その一つ、山裾の宿場村に到着したのは昼前だった。
空気はすでに冷え込み、吐く息が白い。
「ほぉ……山の入り口って感じだな」
カイルは肩に担いだ荷を下ろし、宿屋の看板を見上げる。
《風裂の牙》のメンバーは先に厩舎へ行き、馬の世話に回った。
宿屋の中は暖炉の火がぱちぱちと鳴り、外の冷気を忘れさせてくれる。
湯気の立つ茶を出してくれた女将に、シュウはさっそく話を切り出した。
「古代麦って、この辺りで採れるって聞いたんですが」
「……あんたたち、あれを探しに?」
女将は少し驚いたように目を丸くしたが、やがて声を潜めた。
「古代麦は北山脈の“雲海の谷”でしか育たない。雪解けのあと、二週間ほどだけ穂をつけるんだよ。魔力を吸い込みやすいから、昔は王侯貴族しか口にできなかったって話さ」
カイルが興味深そうに聞き入り、茶をすする。
「収穫まで行くのは難しいのか?」
「谷までは崖沿いの細道だし、途中には氷牙狼の縄張りがある。ここ何年かは山賊まで出てるって話だよ」
シュウは女将の話を聞きながら、頭の中で地図を思い描く。
谷の位置、通り道、敵の可能性――全部覚えておく必要がある。
「なるほど……二週間しかないってことは、今がちょうどその時期か」
「そういうことだね。行くなら急ぎな」
宿を出たシュウたちは、補給用に干し肉や薬草を購入し、再び北へ向かう街道へと足を踏み出した。
吹き降ろす冷たい風が、これから向かう山の厳しさを予告しているかのようだった。




