33「頼れる仲間」
港町カランサの倉庫街を抜けた瞬間、背後で怒号が響いた。
「止まれっ! そこの船、停船しろ!」
検問を突破した直後、港の桟橋で待ち伏せしていたアクル信教の過激派が、松明を掲げて走り寄ってくる。
「カイル、舵をもっと切れ!」
「分かってる!」
船は波を蹴り、真横に滑るように旋回すると、暗い水路へ身を隠す。後方で松明の光が揺れ、罵声が追いかけてきたが、狭い運河の入り組んだ水路は追手を阻んだ。
そのまま潮に乗って沖合へ出ると、夜明け前の冷たい海風が頬を打つ。
「……ふぅ、なんとか撒けたな」
レヴァンが肩の力を抜き、シュウも深く息を吐く。黒ヤミの樽は無事だ。
夜が明ける頃には、漁船はバリスタ郊外の小さな入り江に滑り込んでいた。
砂浜に降り立つと、湿った潮の匂いが土の匂いに変わる。作業小屋へ戻る道すがら、シュウは肩越しに海を振り返った。
「あの港町、次に行くときは堂々と入ってやる」
朝焼けが海面を黄金色に染める中、レヴァンは船縁に片手を置き、にやりと笑った。
「ここからは陸路で別行動だな。俺は南の港に回って、あの連中の目を引きつけておく」
「……助かる。でも、危険すぎないか?」
シュウが眉を寄せると、レヴァンは肩をすくめた。
「心配すんな。俺は俺で生き延びる術を知ってる。お前らこそ、黒ヤミを守れ」
ネリィも口を開く。
「恩は忘れない。戻ったら、必ず一杯奢るわ」
「その時は倍返しで飲んでもらうぜ」
短い握手。手のひらに残る力強さが、言葉以上の信頼を伝える。
レヴァンは軽く手を振り、荷を背負って崖沿いの獣道へと消えていった。
「……行こう、カイル」
潮風の中、二人と一人残った漁師は黒ヤミの樽を抱えて、森の小道を通ってバリスタの作業小屋を目指した。
リスタの作業小屋に戻ったシュウとカイルは、荷を降ろすなり一息つく間もなく、北山脈行きの準備に取りかかった。
黒ヤミの追加樽を隅に置き、食料や防寒具、ロープに携行鍋まで並べていく。
「しかし……北山脈は素人二人じゃ無理だな」
カイルが地図を覗き込みながらつぶやく。
「魔獣の出没率、九割超えって書いてあるぜ。笑えねえ」
「……じゃあ戦える連中を雇うしかない」
シュウは即断し、冒険者ギルドへ足を運んだ。
ギルドの掲示板の前で、ふと背後から声がかかる。
「おい、あんた……もしかして“ヤミシラ”のシュウか?」
振り返ると、長身の槍使いの男と、その後ろに弓を背負った女性、そして小柄な魔術師らしき青年の三人組が立っていた。
「俺たち、《風裂の牙》ってパーティーだ。ヤミシラの噂は港町で聞いた。旨い酒を造る奴の依頼なら、喜んで受けるさ」
槍使いが白い歯を見せて笑う。
「助かる……報酬は相場通り出す。行き先は北山脈、危険度は高い」
「危険上等だ。帰ってきたら、そのヤミシラとやらを一口飲ませてくれ」
弓使いの女性が目を細め、魔術師の青年もにやりと頷く。
こうして、シュウとカイルは頼もしい護衛を得て、北山脈への道筋が整った。
次の目的地——北山脈の先でシュウの魔造酒造りの未来を左右することになるとは、この時まだ誰も知らなかった。




