31 「審査結果でピンチ。」
一次審査当日。
港町カランサの中央広場に設営された審査会場は、朝からざわついていた。
出品者たちが色とりどりの瓶や樽を抱え、緊張した面持ちで審査台へと向かっていく。
「……こっから先は俺たちじゃなく、酒が勝負だな」
カイルが黒ヤミの瓶を抱えながら呟く。
「任せろ。こいつの旨さは、俺たちが一番知ってる」
シュウは深呼吸をして、自分たちの順番を待った。
審査台に黒ヤミが置かれると、審査員たちが順に杯へ注ぎ、香りを確かめる。
琥珀色の液面から、レアト麦の香ばしさとヤミシラのほろ苦い芳香が立ちのぼる。
一人の審査員が口に含んだ瞬間、僅かに目を見開いた。
「……独特だが、深い」
別の審査員も頷きながら、筆を走らせる。
だが、その中に一人、腕を組んだまま無言の審査員がいた。
冷たい視線で黒ヤミを見下ろし、あえて二口目を飲もうとしない。
その態度に、ネリィは眉をひそめた。
(あの顔……どこかで——)
審査が終わり、出品者たちは結果発表まで控え室で待つ。
外のざわめきに混じって、妙な足音が近づいてきた。
控え室のドアが開き、黒いローブ姿の男が顔を出す。
「藤原修平、いや……“シュウ”だな?」
低く押し殺した声。背後には、例の無言の審査員が立っていた。
「お前の酒、妙に魔力の気配がする。発酵酒ではなく魔造酒ではないのか?」
その言葉に、室内の空気が一気に張りつめる。
カイルが即座に間に入った。
「証拠もなしにそんなことを言うな。ここは審査会場だぞ」
男は鼻で笑い、低く囁く。
「証拠なら、すぐにでも見つけてやるさ。本選まで生き残れればな」
そう言い残して去っていく。
——数時間後。
結果発表の鐘が鳴り響く。司会役の委員が声を張り上げた。
「一次審査通過者、二十五銘柄!」
その中に、「黒ヤミ」の名前もあった。
喜びと同時に、シュウは背筋に冷たいものを感じた。
黒ヤミが一次審査を突破した翌日——港町カランサは、早朝から人であふれ返っていた。
大通りには各地から集まった酒造家や商人が行き交い、港広場には特設の品評会会場が設けられている。
「さあ、いよいよ本選か……」
カイルは木樽を台車に載せ、汗をぬぐいながら会場へ向かう。
その横でシュウは肩に担いだ小箱を持ち直した。中にはツマミとして用意した特製フランクフルトが入っている。
「ツマミまで持ち込むの、反則じゃないか?」
「……こっちの世界に“反則”って言葉、あったっけ?」
軽口を叩きながらも、シュウの表情には緊張が滲んでいた。
ネリィはそんな二人を見て苦笑しつつ、審査員席の方に目をやる。
その瞬間、ネリィの眉がぴくりと動いた。
「……あの無言の男、いるわね」
一次審査のときから姿を見かけていた黒衣の審査員が、無表情でこちらをじっと見ていた。
やがて、本選の幕が上がる。
審査員たちが一組ずつ出品酒を試飲していく中、黒ヤミの番が回ってきた。
木樽の栓を抜くと、ほのかなハーブ香と麦の香ばしい匂いが広がる。
シュウは練習通り、黒ヤミをグラスに注ぎ、軽く魔力を放出して香りを立たせた。
審査員の一人——あの無言の男が、グラスを持ち上げる。
口に含み、しばらくの沈黙。
会場の空気が張り詰める。
そして、男はグラスを置き、短く言った。
「……興味深い」
その言葉を皮切りに、ほかの審査員たちも次々と感想を述べ始める。
「麦の香ばしさとヤミシラのほろ苦さが絶妙だ」
「酒精のキレも申し分ない。新しいジャンルとして面白い」
シュウは胸の奥で息をつきながらも、まだ男の視線を感じていた。
あの目は、ただの評価ではない——何かを探る目だ。
黒ヤミの審査が終わり、いよいよ結果発表の時が来た。
港広場の中央に設けられた壇上では、司会役の委員長が高らかに宣言する。
「——今年度新酒品評会、本選の最優秀賞は……黒ヤミ!」
会場がどよめき、拍手と歓声が沸き起こる。
シュウは驚きに目を見開き、隣のカイルと顔を見合わせた。ネリィは口角を上げ、満足そうに腕を組む。
壇上に呼ばれたシュウが黒ヤミの樽を掲げたその瞬間——。
「おい! あれが製造者だ!」
人混みの奥から、怒声が響いた。黒衣の男数名が会場をかき分けて進み出る。その胸にはアクル信教の紋章。
さらに別方向から、濃紺の制服を着た魔造管理庁の役人たちが現れる。
「酒造免許のない魔造酒製造は禁じられている。あなたが藤原修平か?」
会場がざわめきに包まれ、視線が一斉にシュウへ集まる。
ネリィが素早く壇上に上がり、役人の前に立ちはだかった。
「この酒は私の店の管理下で造られた。免許の件は私が責任を持って——」
しかし役人たちの動きは止まらない。
そのとき、審査員席からあの無言の男が立ち上がった。
「待て。彼の酒は、私が推薦した。審査会の権限で保護対象とする」
その声に、役人も過激派も一瞬足を止める。
シュウはようやく息をついたが、男の瞳に映る光が、祝福よりも別の企みを示している気がしてならなかった。




