28話「改革派の提案」
二日後。
熟成を終えた樽の栓を、シュウがゆっくりと外した瞬間——ふわっと立ちのぼる香ばしい香りと、ほのかに草のような青さを含んだ苦みの匂いが小屋を満たした。
「……これが黒ヤミか」カイルが鼻をくすぐる香りに目を細める。
「色もいいねぇ。真っ黒ってわけじゃないけど、深みのある琥珀色さ」ネリィが興味深そうに覗き込む。
三人は木のジョッキに注ぎ、それぞれ一口。
舌先に広がるのはレアト麦の香ばしさと、ヤミシラ特有のほろ苦いコク。それが喉を通ると、後味に心地よい余韻が残る。
「……これ、フランクフルトと一緒にいったら絶対ヤバい」
シュウの言葉にネリィがすぐに皿を持ち出す。焼きたてのフランクフルトの肉汁が、黒ヤミの苦みと溶け合い——三人の顔が自然とほころんだ。
「これはもう、店で出すべきだな」
「だが免許が……」
そこで三人は、ネリィの店に出入りしている改革派の連中に事情を話すことにした。
夕刻、店の一角で話を聞いた男は真剣な表情になり、短く「待ってろ」と言って席を立つ。
ほどなくして、背の高い男を連れて戻ってきた。銀髪に赤いスカーフ、整った口髭を持つその男は、堂々とした足取りでテーブルにつく。
「私は改革派副リーダー、レオニード・グラフだ。噂のヤミシラの酒を造ったのは、君か?」
その目が真っ直ぐシュウを射抜く。
バリスタの街からわざわざ来たというこの男もまた、ヤミシラの噂を聞きつけて動いた一人だった。
「……話は長くなりますが、聞いてもらえますか」
シュウの声に、店内の空気がぴんと張り詰めた。
「……なるほどな」
シュウの説明を聞き終えると、レオニードはジョッキを持ち上げ、残りの黒ヤミを一気に飲み干した。喉を鳴らす音と同時に、目がぎらりと光る。
「確かにうまい。だが、これを公式に造るとなると話は別だ。酒造免許は魔造管理庁の専権だが……あいつらは保守派寄りだ」
ネリィが腕を組み、低く唸る。「つまり、庁に正面から申請しても無理ってこと?」
「正面突破は不可能だ。だが、抜け道がないわけじゃない」
レオニードは身を乗り出し、声を潜める。
「隣領の港町カランサで来月行われる“新酒品評会”に出品し、審査員長を務める公爵に気に入られれば、その場で特例免許が降りる可能性がある」
カイルが眉をひそめた。「港町まで運ぶ? アクル信教の連中も追ってるんだぞ」
「だからこそ、だ」レオニードが笑う。「表立って申請できない今、堂々と外で評価を勝ち取れば、保守派も簡単には潰せなくなる」
ネリィはシュウに視線を送った。「どうする、シュウ?」
ジョッキの中の黒ヤミを見つめながら、シュウは短く息を吐いた。
「……行くしかないだろ。どうせ逃げ回るだけじゃ先はない」
こうして、黒ヤミを携えて港町へ向かうための準備が始まった。だが、三人はまだ知らなかった——この品評会の裏には、保守派とアクル信教が仕掛けた“罠”が潜んでいることを。




