27話「肩身の狭い黒ヤミ」
——黒ヤミ。
その名を呟いた瞬間、外で砂利を踏む足音がした。
シュウは反射的に手元の樽を布で覆い、音を立てないよう耳を澄ます。
ギィ、と小屋の扉が開き、姿を見せたのはカイルだった。
「おいシュウ、無事か」
「……なんだ、カイルか。脅かすなよ」
カイルは中をざっと見回すと、入口の扉を半分だけ開けたまま背中で塞ぎ、低い声で告げた。
「ネリィの店はまだごたついてる。過激派の奴ら、妙にしつこくてな。製造者を探すって息巻いてる」
シュウは無意識に布越しの樽に手を置いた。
「ここまで来る可能性は?」
「ゼロじゃねぇ。だから……俺がしばらく見張る。お前は手を止めるな」
カイルは腰の短剣を軽く抜き差ししながら、扉脇に立った。
その視線はまるで商人というより護衛のそれで、鋭く外を警戒している。
「……助かる」
「礼は要らねぇ。どうせ面白い土産話になる」
外からは、時おり怒声と椅子を引きずる音が風に乗って聞こえてきた。
シュウは深呼吸し、レアト麦を新たに仕込み始める。
樽の中で静かに熟成していく「黒ヤミ」の香りが、妙に心強く感じられた。
夕方、外の騒がしさが徐々に遠のき、代わりにカイルの短い笛の音が響いた。
「もう大丈夫だ」
そう言って扉を開けると、ネリィが外に立っていた。髪の隙間から少し乱れた息が漏れている。
「……お前、無茶してないだろうな?」シュウは眉をひそめる。
「心配性だね。ちゃんと話して追い返したさ。ただ、あいつらまだ完全に諦めたわけじゃない」
ネリィは小屋の中をちらりと見て、布に覆われた樽を見つける。
「これが新しいやつか?」
「黒ヤミ。ヤミシラとレアト麦で作った。ビールっぽいが、ちょっと苦い」
ネリィは口元を緩め、しかしすぐに真剣な表情に戻った。
「過激派の中に、魔造管理庁と繋がってそうなやつがいた。噂を広められる前に、酒造免許を取る方法を本格的に動いたほうがいい」
「免許……簡単に取れるもんじゃないんだろ?」
「普通はな。ただ、改革派の連中が後ろ盾になってくれるなら、例外が効くかもしれない」
カイルが腕を組みながら口を挟む。
「それでも時間はかかるし、役人に見つかれば即アウトだ。しばらくは作業をこの小屋の中だけでやれ」
ネリィは少しだけ笑い、肩をすくめた。
「ま、あんたの酒はこの街の空気を変えてる。あいつらに壊される前に、ちゃんと守る方法を考えよう」
その言葉にシュウはうなずき、再び仕込み用の桶へと視線を落とした。
外ではカイルが再び見張りの位置に戻り、沈みゆく夕日が小屋の中を赤く染めていた。




