26話「怪しい団体と新酒」
「その特例枠、どうやったら申請できる?」
シュウが身を乗り出すと、ネリィはカウンター下から一枚の薄汚れた羊皮紙を取り出した。
「これが申請用紙の写し。魔造管理庁の窓口で正式な書類に書き直して提出するんだけど……」
「けど?」
「窓口で説明を通すのが一番の難関だ。審査官は酒にうるさい上に、異国製法ってだけじゃ動かない。『実物』を見せて納得させなきゃならない」
つまり、役所に持っていく試作品が必要ということだ。
シュウは思わず肩を落とす。
「試作品って……フラミンは今のままだと魔力操作が安定しないし、ヤミフラはそもそも認められるか……」
カイルが腕を組み、ニヤリと笑う。
「じゃあ、両方合わせた新作を作ればいい。あの緑色のやつじゃなくて、もっと“見た目も味も一発で通る”やつを」
「言うのは簡単だな……」
「やるのはお前だ」
ネリィも口を挟む。
「過激派や役人がこの街に着くまであと三日ってところだろう。間に合わせるなら、今日から仕込みに入らなきゃ無理だよ」
——三日。
その短い猶予に、試作品完成と申請準備、そして役人説得までを詰め込む。
「わかった。やるよ」
シュウは拳を握った。
「ただし、材料は全部そろえる。クチナ米とヤケイモ、それとフラミンも少量。あと、脂身をたっぷり使った新フランクフルトも添える」
「役所でつまみまで出す気か?」とカイルが笑う。
「腹を掴めば心も掴める、って故郷にこんな言葉があってな」
その瞬間、店の戸がドン!と開いた。
顔を隠すような深いフードの男たちが三人、冷たい風とともに入ってくる。
ネリィが小声で呟いた。
「……改革派じゃない。あれ、過激派だ」
シュウの背中に冷たい汗が伝った。
フード姿の男たちが入ってきた瞬間、ネリィは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに商売人の笑みを貼り付けて声をかけた。
「いらっしゃい。飲み物は何にする?」
ただならぬ空気を察し、シュウは即座に奥へ引く決断をする。
ネリィが目だけで「裏口から出ろ」と合図を送ってくる。
シュウは軽く頷くと、音を立てぬように裏口から抜け出し、作業小屋へと戻った。
——今は、試作品を仕上げることに集中するしかない。
小屋の中は発酵中の香りで満ちていた。
シュウは棚の奥から、数ヶ月前に試して失敗した材料を見つける。
「……ヤミシラか。単体で使うと香りは立つが、えぐみが強すぎてボツにしたやつだな」
だが、あの深みある苦みは使える。なるべくヤミシラの分量を下げてみた。
シュウはレアト麦を粗く挽き、熱湯で煮出す。
麦の甘みが立ち上がったところで、刻んだヤミシラを投入。
その瞬間、独特のスモーキーでほろ苦い香りが広がった。
「……これはいける」
濾して樽に移した液体は、漆黒に近い深い琥珀色。
その姿を見て、シュウは即座に名をつけた。
——黒ヤミ。
その名を呟いた瞬間、小屋の外で足音が近づく気配がした。
息を殺し耳を澄ますと、遠くからネリィの店のざわめきがかすかに聞こえる。
笑い声と怒声が入り混じり、まだ交渉は続いているようだった。
「ネリィ……頼む、上手く切り抜けてくれ」
シュウは深く息を吐き、次の仕込みに手を伸ばした。




