22話「魔造酒じゃダメなのか?」
農園に着くと、見慣れた薪割り姿の大柄なじいさんが手を止めてこちらを見た。
「おお、また来たのか」
笑顔が相変わらず渋くてでかい。
家に通されると、ミーシャと寝たきりのおばあちゃんも顔を出してくれた。
せっかくなので、持ってきたヤミヒレの瓶と試作フランクフルトを振る舞う。
香ばしい肉の匂いが台所に広がり、ヤミヒレの泡と混ざって食欲をそそる。
「ほう……これはまた変わった香りの酒だな」じいさんが感心したように呟く。
「発酵酒だよ」俺が胸を張ると、ミーシャが小首をかしげた。
「どうして魔造酒じゃないの?」
魔造酒――それは、この世界で広く流通している、魔力を直接酒精に変換する製法の酒だ。
ミーシャは、湯飲みを指でなぞりながら教えてくれる。
「魔造酒はね、魔力を酒精に変えるから、材料をほとんど必要としないの。早ければ数時間で完成するわ。でも……」
そこで一拍置き、声を潜めた。
「味はどうしても単調。酔いは強いけど、風味が薄い。それに、魔造庁の管理下にあるから、作るのも売るのも許可がいる」
「なるほどな……」
俺は納得すると同時に、ちょっと背筋が冷たくなった。
「じゃあ発酵酒は?」
「材料から自然に酵し、香りや味をゆっくり引き出す。時間も手間もかかるけど、作り手の腕で全然違う味になるわ」
ミーシャは俺の作ったヤミヒレを口に含み、にっこり笑った。
「これ、舌の奥に残る苦みが癖になるわね。だからあなたは、魔造酒じゃなくて発酵酒を選んだんでしょう?」
「……ああ。酒ってのは、時間をかけた分だけ旨くなるんだ」
それが、俺がこの世界で作りたい“酔い”だ。
その後ヤミフレや他の試しに作った酒について話をしていると、
「……発酵途中で魔力を流す?」
「ああ。フラミンで仕込んだ酒なんだけど、発酵まではいいんだ。でも仕上がる頃には味がぼやけてる。ネリィに“魔力を注げばどうだ”って言われてさ」
ミーシャは腕を組み、窓の外の畑をちらりと見やった。
「理屈としては可能よ。魔力は温度や湿度みたいに発酵を促す力になるから。ただ……やり方を間違えると全部“魔造酒”寄りの味になってしまうわ」
「魔造酒寄り……ってことは、あの単調な風味になるのか」
「そう。しかも発酵菌が弱っていたら、魔力を注いだ瞬間に死んでしまう。そうなったら、もう発酵は止まって、魔力だけで酒精を作る“半端な魔造酒”になる」
ミーシャは真剣な表情になり、机の上に手を置いた。
「やるなら、ある程度発酵が進んで、香りや旨味が固まったあと。しかも魔力はごく少し、ゆっくりと染み込ませる感じで……。でも、あなた、魔力の扱いは?」
「ゼロだ」
「……ゼロ?」
ミーシャは額を押さえ、ため息をついた。
「それなら、まずは魔力の“流し方”を覚えないと無理ね。畑仕事で魔力を使う農家は多いから、誰か教えてくれる人を探すといいわ」
俺はフラミンの味を思い浮かべながら、うなずいた。
「わかった。魔力を使えるようになったら、もう一度挑戦する」
そう言ってその日は農家に泊った。




